夜会 開始前 2
そろそろ出発の時間となった。
ちょうど今までのレッスンの成果を再確認し終えたところだったので、区切りが良かった。
今のところコンディションは、バッチリだ。
十分私たちはレッスン通りに行動することが出来るだろう。
サイラスとマリーもそう思っているらしく、やり切った様子で「お二方とも、参りましょう」と促してくる。
なので、私たちも頷いて、そのまま馬車へと向かう。
馬車の座席順は、奥が私と弟で、扉の手前側が従者たちといつも決まっていた。
そのため、まずは弟が先に入って、私に手を差し伸べてくる。
「さあ、姉上。掴まって」
そう言う弟の顔は、とても嬉しそうだ。
今まで、私と弟は逆の立場だった。
いつも私は弟として振る舞い、弟は姉として振る舞ってきた。
だから、弟は私に対してついに弟らしい振る舞いが出来るようになったのだと、心の底から喜んでいたのだった。
「――ええ、レイン。ありがとう」
私も彼に対して姉らしいことが出来るようになると思うと、とても嬉しい。
微笑みを浮かべ、弟の手を取る。
私たちは、今この瞬間、本来あるべき双子の姉弟の関係に戻ることが出来た。
かつて幼かったあの頃と同じ関係に戻ることが出来たのだ。
私は、姉のカティアに。
彼は、弟のレインに。
そんな普通の姿に、私たちはようやくなれた。
――ああ、なんて幸せなんだろう。
心の底からそう思う。
叶うならば、ずっとこの元の双子の関係のままでいたい。
だから、今日こそ成功させよう。
私たちは強く、そう感じたのだった。
♢♢♢
馬車に揺られながら、私たちは作戦をおさらいする。
作戦は、極めてシンプルだ。
――従者二人の目から逃れて、自分たちの格好を入れ替える。
たったそれだけである。
かつて失敗した『夜遊び』作戦を『夜会』で行う、という認識で別に構わない。
けれど、あの時のような失敗をするつもりは一切ない。
私たちは、学習した。
今回こそ、きっと上手くいくだろう。
何故なら今回、以前の作戦で最大の失敗であった従者との衝突に関して、私たちは全面的に回避する方向で進めるつもりであったからだ。
前回私はサイラスにギリギリ勝てたが、弟は瞬く間に敗北してしまった。
私たちのどちらか片方が失敗すれば、私たちの作戦は何もかも潰えてしまう。
だから、両者どちらも争わない、という手段を私たちは選択したのだった。
つまり――『夜会』の最中に従者二人をまいて、その後合流、素早く身に付けているお互いの衣服を交換し、従者たちの前に姿を現す――というのが今回の作戦の流れだった。
本来なら、王族の危機が訪れるかもしれないという、父の予感がない状況でこの作戦を行う予定であった。
予想外である。
けれど、この現在の状況となったことで、私たちの作戦の成功の度合いは皮肉にも高まることになる。
何故なら、常にお供として行動する従者が逆になるからだ。
私はマリー。弟はサイラス。
このいつもと逆の状態で、私たちは大勢が出席する『夜会』に飛び込むのである。
そう、こうなってしまえば、二人の目から逃れることは以前より容易となる。
私がマリーの隙をつくのは、正直簡単だ。
気配を殺してマリーの死角から立ち去れば、マリーは絶対に気付けない。
サイラスは、弟が女であると思っているはずだから、弟に配慮して常に自分との距離を開けるだろう。
それに、私と比べて武芸に疎い弟への警戒はどうしても薄くなるはずだ。そこを狙う。
この大勢の人混みの中で弟が本気で姿を眩まそうとすれば、おそらくサイラスが弟の姿を見失うことになる可能性は十分高い。
そして、作戦をより完璧なものにするため、私たちは会場内の様子やタイムテーブルといった『夜会』についての情報は軒並み頭の中に叩き込んであった。
といっても、万が一の時に備えて父から警備の詳細を教えてもらった、というだけなのだが。
そのため、いつどこに人の目が向きやすいか十分理解している。
反対に、どんな時やところが人の目につきにくいかも。
実は、会場となるダンスホール以外にも、その階は全て『夜会』参加者が利用出来るようになっていた。
そのため、その階の空き部屋の一つを用いて素早く着替えよう、と私たちは決めたのだった。
おそらく最後に「本日ドレス姿だったのはレインで、スーツ姿はカティアだった」と皆に知らせることになると思う。
だから、それまでに衣服を交換しておけば、今度こそ本当に元に戻ることが出来る、という寸法である。
幸い、私の場合スーツは着慣れているからすぐに着ることが出来るし、弟もドレスを着慣れているから私が脱ぐ時に素早く手伝ってくれるだろう。
もちろん、弟が以前買ったハサミもこっそり持ってきた。
抜かりはない。
完璧だ。
これなら、無事成功出来る。
後は、ヘリアン王子たちに近づく不審な輩がいないか見張るため、出来る限り早めに作戦を実行するだけだ。
王族の二人が拐われる可能性も十分考慮しなければならない。
自分たちが元に戻れたとしても、ヘリアン王子たちが賊に拐われてしまったら、駄目だ。
無事戻れたとしても、自分たちのルールを破った後同様にずっと後悔し続けるだろう。
だから、頑張ってどちらもこなしてみせよう。
そう私たちは、馬車の中で強く意気込むのだった。




