褒め合い
――初日から酷い目に遭った。
私は、弟と一緒に夕食をとりながら愚痴を言い合う。
いつもは屋敷の食堂で父とも一緒に食べるのだが、今日は王宮に向かったきり帰ってきていないので二人で食事をとっていた。
父はやはり忙しいらしい。
もしや、夜通し仕事をしているのだろうか。
国の偉い人へ話をしに行くと言っていたし、おそらくあと数日は王宮から帰って来ないだろうと思う。
まあ、このようなことはよくあるので気にしない。
最近だとヘリアン王子の誘拐事件や弟とサフィーア王女の王都での買い物の時なんかは、一週間近く帰って来なかったし。
長テーブルに並べられた料理に舌鼓を打ちながら、私はマリーにされた酷い仕打ちを全て弟に話す。
あの後私は必死になってマリーの講義に食らいついたのだが、残念ながら結果的に二回ほどマリーからの質問に正解出来ず、レッスン終了時まで三つの罰ゲームを同時に行い続けていたのだった。
罰ゲームの内容は「自分にとって屈辱的なことを行う」、「他者にとって面白いと思うことを行う」、「変顔をし続ける」だった。
わざと簡単な罰ゲームにすれば良かったのだが、やはり私の気持ちがそれを許さない。
それにマリーから罰ゲームの度に、近くで囁かれ、私の気持ちに拍車をかけることになる。
結果として、自ら重い罰ゲームを課すことになり、精神的に激しく消耗してしまったのだった。
今まで弟が言っていた通り、マリーは、サイラスとは全く異なるタイプの鬼教官である。
サイラスは、口よりも手と足が先に出るタイプだった。
だが、マリーは口しか出さないタイプだ。
故に、とてもやり辛い。
強制的に足払いをかけられて転ばされても痛いだけだ。だが、罰ゲームの場合だと、後でふと思い出して悶絶することになるだろう。
本当、厄介過ぎる。
私にとって、マリーはサイラス以上の強敵だった。
弟が、人間離れした記憶術を身につけることが出来たのも納得する。
――出来るようになったのではなく、出来なければならなかった。
そうしなければ、いずれ大量の罰ゲームを同時に行うことになっていただろう。
初日でこれなのだ。
後のことを考えだけで、背筋がぞっとするような思いになる。
そんなことを思っていると、私がマリーに対して苦々しく思っているように、弟もサイラスに対して思うところがあるようだ。
今日のレッスンがどのような感じだったか瞬きで語ってくれる。
弟は『夜会』に向けてサイラスのレッスンを受けた。
そして、最初の私の時のように見事にボコボコにされたのだった。
レッスン中、何度も弟に対して足払いをかけてきたらしい。
私はそれを聞いてドン引きした。
あまりにも容赦がなさ過ぎる。
サイラスは、弟を女だと思っているはずなのに。
手心を一切加えないのは、自身の仕事に忠実な彼らしいが、しかし相手は女子――いや、男子だけど、それにしてもなんて冷徹なんだろうか。
怖い。やっぱり彼も鬼だ。
弟もサイラスのレッスンを受けて納得していた。
サイラスのレッスンは、マリーとは異なりほとんど実戦形式だ。
頭で理解させるより、体に叩き込んだ方が効率的である、という考え方からである。
そのため、ひたすら反復練習を行う。
何度も何度も。
反射的にその場で最適な行動が行えるようになるまで、同じレッスンが続くのである。
たとえば、何度も足払いをかけて転ばされていると、受け身が上手くなってくる。
受け身が上手くなってくると、復帰が早くなり転ばされる頻度が上がる。
転ばされる頻度が上がると、何度も転ばされないようにするため相手をより注意深く観察するようになる。
相手を注意深く観察するようになると、いつどんな時どのようにサイラスが仕掛けてくるのか分かってくる。
それを突き詰めていけば、最終的にサイラスの足払いを直感的に、そして反射的に避けることが出来るようになるのだ。
ちなみに私は、今では視覚に頼らなくても、殺気を感じれば、どのような攻撃であっても反射的に最小限の動きで回避することが可能となっていた。
もちろん同時に迎撃も行う。回避とカウンターを一緒に行えればとても効率が良いからだ。
弟が、私に対して、未開の地で猛獣と戦う戦闘民族を見るような目を向けてくる。
私も、弟に対して思わず、未知の技術を持つ地底人を見るような目を向けてしまう。
しかし、お互いの瞳は、相手を慮るような慈愛の心に満ち溢れていたと思う。
私たちは、双子である。
全てを分かち合うと決めていた。
だから、お互いに「人間辞めるくらい頑張ってきた私たち、本当凄いなあ。偉いなあ」と褒め合うことにしたのだった。




