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第一王子の決意

 決闘後、ヘリアンは修練場で立ち尽くしていた。


 すでに決闘相手だったメアリクス家の双子の片割れであるレインは、この場から立ち去っている。


 けれども、彼はその場から動こうとしない。


 ヘリアンは、先ほどの決闘を思い出していたのだった。


 自身を押し退けて、主席合格を果たしたレイン・メアリクスとの一対一の戦い。


 相手は、あろうことか正々堂々戦わずして自分から勝利を得たのだ。


 ルールとしては、反則ではない。それについては、審判役の教師も認めている。

 ……多少苦い顔はしていたが。


 今回の決闘において、自分は惨敗したことになるだろう。


 そうヘリアンは思う。


 ルールに関してはこちらの注意不足だ。

 きちんと把握していれば、このようなことは簡単に防ぐことが出来た。

 今後気を付ければ良い。


 けれど、


(――あの体捌き。極めて自然な動きだった)


 自分の一撃を躱した際の相手の動きは、まるで飛んできた羽虫を反射的に払うような反射的なものに近かった。

 つまり、こちらの攻撃が露ほども脅威に思われていなかったのだ。


 それに、


(剣を振らせることすら出来なかった)


 相手が剣を使ったのは、決着を付けるために用いた最後だけだ。


 その事実が、ヘリアンの心に重くのしかかる。


 仮に剣以外使用不可とするルールで正々堂々決闘を行ったとして、果たして自分は彼に勝てるだろうか。


 その問いの答えは、すでに自分の中で分かりきっていた。


 ヘリアンは、空いている方の拳を強く握る。


「次は勝つ……。待っていろ、レイン・メアリクス……!」


 ヘリアンは、己の心に刻み付けるように小さく呟いたのだった。




 ♢♢♢




 翌朝、ヘリアンはレイン・メアリクスがいる教室を訪れる。


 そして、彼に向かって用件を伝えるのだった。


「レイン・メアリクス。頼みがある。放課後、もう一度僕と決闘をしてもらいたい。ルールは、昨日と同じで構わない」


 その言葉に対して、レインはやや面食らった表情をするが、すぐに嘲るような態度を取る。


「まさか今更無効だとでも言うつもりか? 見下げ果てた奴だ」

「いいや、違う。昨日の決闘は、見事に君の勝ちだった。それについては、言い訳など何もしない」

「なら、何のつもりだ」

「これは矜恃だ。――王族としての、そしてヘリアン・ウェン・ロドウェールとしての。だから君に勝つまで何度でも行わせて貰おう」


 ヘリアンは、レインに対してそう告げる。


 その言葉に対して、レインは眉を顰めた。


「この俺に何のメリットがある」

「無いのなら、決闘を受けないのか。つまり君は、僕に負けるのが怖くておよび腰になっているというわけか」


 鼻で笑うようにヘリアンが言うと、レインは大きく溜息を吐いた。


「……安い挑発だな。下手くそめ」


 そして次にレインは、席から立ち上がってヘリアンと正対する。


「だが、その挑発に乗ってやろう。有り難く思え、負け犬風情が」

「――ああ、感謝する。それではまた放課後に会おう」


 レインの返答に満足したヘリアンは、口を綻ばせる。

 そして、レインに別れを告げて教室を後にするのだった。





 ――そしてこの後、ヘリアンは何度もレインに対して決闘を挑み続ける。


 対してレインも、ヘリアンの決闘を一度も断ることなく受け続けることとなる。


 いつしか、その二人の関係は学園内での名物として、生徒間で広まっていくのだった。




 ♢♢♢




「――くそっ、僕の負けだ……っ」


 剣を眼前に突きつけられ、ヘリアンは声を上げる。


 これで、何度目だろう。

 目の前の彼に敗北するのは。


 何回何十回と挑んでも、未だ勝ち筋が見えない。


 それほどまでに両者の力の差は大きかった。


「口程にも無いな、負け犬め」


 そう吐き捨てられ、ヘリアンはただ黙るしかない。

 自分から見てもその通りであるため、返す言葉が無いのだ。


 目の前の彼の態度は極めて傲慢ではあるが、その態度に見合った実力を当然のように有していた。


 どれだけ力を尽くそうと全くもって歯が立たない。


 あまりの規格外さに、このような人間が存在していいのか、とまで思えてくる。

 まさに悪夢のような存在だった。


 自分は他者よりも優れていると思っていた。

 才能に満ち溢れ、挫折などせず、何事に対しても自分はただひたすら成功し続けていくものだと思っていた。

 けれど、その考えは浅はかだったと言う他ない。


 何度も彼と決闘をすることで、上には上がいることを嫌と言うほどに理解する。


 人生で初めての敗北を喫した。

 屈辱を覚え、挫折を味わった。

 声にならないほどの怒りが湧き、泣きたくなるほどの情けなさを感じた。


 最初、ヘリアンはレインに対してその傲慢な振る舞いを改めるように言った。

 けれどヘリアンは、彼との決闘を通して、本当に傲慢だったのは自分だったのだと思うようになっていく。


 王族としての生を受けたことにより、自分は他者と比べて特別なのだと、少なからず心の中で思っていた。


 しかし結局は、身分だけが取り柄の取るに足らないほどのちっぽけの存在だったのだと自覚する。


 ヘリアンは、レイン・メアリクスに何度敗北しようと挑み続けるのを止めることは無かった。


 諦めれば、おそらく自分はちっぽけな存在のまま終わってしまうだろうから。


 そんな自分のままでは、嫌だった。許せなかった。認められなかった。

 王族として。何より、ヘリアン・ウェン・ロドウェールとして。


 だから、ヘリアンは挑み続ける。

 変わるために。そして目標である彼を超えるために――


「また足払いか、くそっ! 流石に足癖が悪すぎるぞ、レイン・メアリクスッ!!」

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