邂逅 3
剣を突きつけられ、ぽかんとした表情のヘリアン王子。
私はそれを見下ろしながら、再度彼に対して言葉を投げかける。
「どうした、呆けたような面をして。勝負はすでについているぞ?」
そう言うと、ヘリアン王子の顔は見る見るうちに驚愕の色に染まっていく。
自分が負けたということを遅れて理解したのだろう。
次にヘリアン王子は立ち上がると、憤りの感情をその目に宿して私を睨みつけるのだった。
「君はこれが、正々堂々とした勝負だと言いたいのか……!」
「ルールは破っていない。誰も剣以外は使用不可だと言ってないからな」
そう告げると、とっさにヘリアン王子は声を上げようとした。
おそらく「ふざけるな、無効だ!」と叫びたかったのだろう。けれど、彼は喉まで出かかった言葉を呑み込み、声に出すことはなかった。
お互いにルールを認めて決闘を行なったのだから、異論は認められない。
それを彼は理解しているのだ。
「……分かった、僕の負けだ……。約束は守ろう」
そして最後に、そう声を振り絞るようにして言う。
私はその言葉に対して「当然だな」と応えて、彼に背を向ける。
近くに控えていたサイラスに剣を渡して、私は修練場を後にしたのだった。
修練場の外には、私たちの決闘を見物しようと大勢の学生たちが集まっていた。
私は彼らを睥睨し、「邪魔だ、失せろ」と一言告げて無理やり道を開けてもらう。
まるで奇跡によって海がぱっくり割れたかのような綺麗さで、人だかりが左右に分たれる。
私はその間を無言で、進むのだった。
そして、歩きながら私は先ほどの決闘を思い出していた。
――正直に言おう。罪悪感が途轍もない……。
あまりの申し訳無さで、胸のあたりが痛くなってくる。
仕方が無かったのだ。
ヘリアン王子の問いを時間をかけずにうやむやに出来てかつ『悪役』としてのお役目も果たせる。
まさに一石二鳥。
思い付いた中でこれが最善策だと思っていた。
けれど、実際にやってみるととにかく心がしんどい。
もうちょっと他の方法を考えれば良かったかもしれない。
良心が痛い。苦しい。
本当にごめんなさい。
あと、私たちの決闘を見に来た人たちにも乱暴な態度を取ってしまったので、それについても謝りたくなってくる。
私は心の中で、何度も何度も土下座をするのだった。
♢♢♢
私は、決闘についての後処理を終えたサイラスと合流する。
そして、帰宅するため学園の入り口近くに停めてある馬車へと向かうのだった。
従者のサイラスは、ヘリアン王子との決闘についてとても『悪役』らしかったと褒めてくる。
「これまでレイン坊ちゃんに対してレッスンをつけさせて頂いた甲斐がありました」
相変わらず無表情ではあるけれど、その声はどこか弾んでいるように思える。
彼の喜び姿を見ると、私も嬉しく思えてくるのだった。
そして、いつものように心の中で呟く。
――まあ私、レインじゃなくてカティアなんですけど。
と。
この従者、出会って十年が経つけど、何故か一向に私がカティアだと気付かないのである。
不思議だ。もしかして実は気付いているけれど、黙っているとかなのだろうか。
でも、その場合なら、入れ替わっている私たちのことが気になってこうも自然体ではいられないはずだと思うし、本当よく分からない。めちゃくちゃ優秀なのに。
そういえば、弟の方はどうなのだろう。着替えの時とかいつもメイドのマリーに手伝ってもらっていると聞いているけれど、そんな状態ならぶっちゃけバレてるのでは?
そう思えてくるが、でも弟からは特にこれといった報告はもらっていない。
あとバレていないと言えば、ヘリアン王子もだ。私の姿を間近で見たはずの彼も結局私が女であると気付いていなかった様子だった。
……もしかして学園でも気付かれないのだろうか、私たちは。
いや、さすがに誰か分かるだろう。
でも、何だか不安になってきた。まだ二日目なのに。
私は、思考にふけっていると、いつの間にか学園の入り口まで来ていた。
そのまま自分の家の馬車を探して乗り込めば、先に弟たちが来ていたらしく、中に従者のマリーと一緒にお行儀良く座っている。
向き合って座る形の四人乗りの馬車であるため、私はある違和感に気付くことになるのだった。
目の前には、弟とマリーが座っている。
そして、サイラス同様にマリーは相変わらずの無表情であり、対して隣に座る弟は少し様子がおかしかった。
膝に置かれた手が少し震えているのだ。
それはわずかなものであったため、どうやら双子である私しか気付いていないようである。
私は、目の前に座る弟に対して、パチパチと『瞬き信号』を送った。
――『ナニカ イジョウ アッタ?』。
すると、弟は私に対してパチパチと返事をかえす。
――『ジョシ コワイ』。
えっ、どういうこと?
弟から事情を説明してもらうと、どうやら私と同じように弟の元へサフィーア王女が訪れたらしい。
そこへ何故か、上級生の女子生徒が現れて挑発してきたので挑発し返したら、「王女殿下の前で、よくもォ!」とブチギレられて危うく刃傷沙汰になりかけたとのことだった。
弟曰く、ハサミを取り出された時は本気で焦ったとのことだったが、どうやら無事撃退出来たらしい。
それにしても、確かにそれは怖いと思う。
私の方も最終的に剣を持ち出した形にはなったけれど、ちゃんと寸止めのルールだったし。
武器も無しに、言葉だけでよくその場を切り抜けられたと思う。
――『ドンマイ デス』。
――『ウン……』。
私は弟に慰め言葉をかける。
そして、何気に弟がハイスペックだったことを実感するのだった。