休日 16
カティアは笑う。
さも愉快だと言わんばかりに。
途中まで声を押し殺していたのだが、次第に堪えきれなくなったのか、とうとう弾けたように声を上げる。
「か、カティアさん……?」
今度は、サフィーアが戸惑う番だった。
恐る恐る声をかけると、カティアは涙を拭いながら応じる。
「ああ、ごめんなさい。別にあなたのことを馬鹿にしたわけではないの。ただ、そうね。何だか無性に嬉しくて――」
カティアはそう言った。
満足そうに笑って。
「――ああ、楽しいわ。初めてよ。これほど楽しいと感じたのは。悪くない、いいえ――最高ね」
そう言って、サフィーアに微笑みを向ける。
サフィーアは、その表情に思わず見惚れることになる。
芯の通った美しい笑みだった。
その中には純粋なあどけなさが見てとれた。
大地に咲く一本の花のように、あるいは無垢な子供のように。
それは、まるで明るく笑う少年のような表情だと、サフィーアは感じるのだった。
(あれ……?)
その瞬間、彼女の胸中で言い表せられない感情が生じる。
――この感情は何だろう。
考えてみたが、全く分からない。初めての経験だ。
時間が経てば、これもまた理解できるようになるのだろうか。
あえて不明瞭のままでもたとえるのならば、それは幾つもの何かが混ざり合うように複雑で、熱くて、苦しくて、けれどとても心地の良い感覚だ。
兄に訊けば知っているだろうか。だが、この感情は出来れば自分だけのものにしたい、と何故かサフィーアはそう思ってしまうのだった。
そう考えていると、ひとしきり笑ったカティアは、こちらに向き直る。
その表情にサフィーアに対する侮りなど何一つない。
彼女は、サフィーアの目をしっかりと見て言葉を紡ぐ。
「ええ、いいわ。その勝負、受けて立ちましょう」
そう告げた。
「――あなたを私の敵として認めるわ。だから、私の全身全霊を賭して、あなたを叩きのめしてあげる。泣き言は無しよ。どうか私を退屈させないで頂戴ね?」
「それはこちらの台詞です、カティアさん。勝つのは私です。文句は言わないでくださいよ?」
サフィーアも臆さず返す。
そして二人は睨み合う。
しかし、しばらくすると、堪えきれないとばかりにお互いに楽しげな笑みを浮かべたのだった。
♢♢♢
その後、二人は笑顔のまま言葉を交わす。
「――ああ、楽しかった。今日はとても有意義で楽しい一日だったわ。良ければ、また来ましょう」
「はい、是非」
カティアは先程のことを思い出したのか、サフィーアに告げる。
「それにしてもあなた、正直言って私たちと同じ才能があると思うわ」
「そ、そうでしょうか……?」
「ええ。仮にメアリクス家に生まれていても、問題なくお役目をこなせたと思うほどに。何事にも動じず、むしろ好戦的で能力も申し分無いし、素質は十分ね。うちの従者のレッスンをある程度受けたら、すぐに王族相手でもお役目を果たせると思うわ。まあ、あなたはその王族なのだけれど」
まるで世間話のようにカティアは、もしもの話を想像して楽しそうに笑う。
「ああ、そうだ。良ければ、うちのレインに嫁げばいいんじゃない? ……あっ」
サフィーアに対して意地の悪い笑みを浮かべて冗談めいた発言をしたカティアだったが、突然何かに気づいたらしく、慌てて彼女はそっぽを向いた。
「カティアさん?」
「……何でもないわ。今のは無し。とにかく気にしないで」
「えっ、あ、はい。それは分かりましたけれど……」
「けれど何? ――とにもかくにも、私の許可無しに大事な弟をあげるつもりはないわ。そこのところ、勘違いしないで頂戴ね?」
高圧的な口調で、そう告げる。
そしてカティアは、サフィーアに顔を見せずにそのまま「さあ、もう時間なのだから、とにかくさっさと帰りましょう。いいわね?」とまくし立てるように言った。
サフィーアは、一体どうしたのだろうと不思議に思いながらも頷いた。
確かにもう、時間だった。
懐中時計を確認すれば、時刻はもう三時近くに迫っている。
「少し急ぎましょう。迎えの馬車を待たせては悪いわ」
「はい、そうですね。行きましょう」
そして、二人が帰路に着こうとした時だった。
突然、二人の目の前に人影が現れる。
影は一つではない。
二つ。
現れたその人物たちは、彼女たちに対して背を向けた状態で立った。
まるで、背後の二人を守るようにして。
それを見て、サフィーアとカティアは同時に声を上げた。
「お、お兄様……!?」
「レイン? 急にどうしたの……?」
ヘリアンとレインが、今日初めて二人の前に姿を見せたのだった。




