邂逅 1
入学式の翌日。
私はさっそく学園内で孤立していた。
時刻は昼を過ぎたばかりではあるが、今のところ私に対して話しかけてきた者は0人である。
皆、距離を取って近寄ろうともしないし、目を合わそうともしなかった。
まあ、あの挨拶をした後なのだから、当然といえば当然である。
むしろ、昨日の出来事を体験した上で気さくに接せられても、「こいつサイコパスかな?」と思ってこちらが怖くなってしまう。
そう考えていると、教室の扉が音を立てて開く。
ちらりと視線を向ければ、そこには金髪碧眼の美男子が立っていた。
あの容姿、それにあの堂々した佇まい。
間違いない、ヘリアン第一王子だ。
私は父から教えられた情報を頭の中で整理する。
確かヘリアン第一王子は、武芸に――その中でも剣術に秀でている。
見た目はやや中性よりの極めて整った顔立ちをしており、性格は正義感が強く、そして何事に対しても生真面目である、と。
それで、ヘリアン第一王子はこの教室に一体に何をしに来たのだろう。
確か彼が在籍する教室は隣である。
入る教室を間違えたわけでもないだろうし、彼の学園に入る前からの友人もこの教室にはいなかったはずだ。
もしや昨日の間に新たに友達が出来たのだろうか。
いいなあ、羨ましい。
私なんて、今まさに見事なぼっち生活を送っているのに。
弟とは教室が別なので、学園内では今日は本当に誰とも話していなかった。
弟は今頃どうしているだろう。私と同じようにぼっちなのかなあ。
そんなことを私が考えていると、教室に入ってきたヘリアン王子は、どういうことなのか私の机に向かって歩いてくるではないか。
あれ、なんでこっちに? もしかして、まさか私と友達になりたいとか?
えっ、じゃあヘリアン王子ってサイコパスだったの???
一瞬、混乱するがすぐに「いや、そんな空気じゃないな」と冷静さを取り戻す。
だって、めっちゃ険しい顔してるもん。
明らかに何かしらの文句を言いに来たのだという顔をヘリアン王子はしていた。
これは、少し畏まった感じで接した方が良さそうだ。
そう判断した私は、ヘリアン王子がある程度の距離にまで近づいて来た時、席から立ち上がって恭しく一礼する。
「これはこれは、次席合格者のヘリアン殿下。私のような者に一体何の御用でしょう?」
……あ、やばい。何だかめちゃくちゃ嫌味ったらしくなってしまった。
ごめんなさい、王子。わ、悪気は……悪気は無いんです……。
ただ事実を述べただけで……。
私が心の中で謝っていると、ヘリアン王子はわずかに額に筋を浮かべる。
「レイン・メアリクス……。君というやつは……」
周囲には聞こえない程度の声量で小さく呟く。
そして幸か不幸か、私にはばっちり聞こえてしまった。
まずい、怒っている。いや、当然だけど。
はからずも初対面の相手をキレさせてしまった。
即座に謝ろうにも、結局嫌味ったらしくなってさらにヘリアン王子が怒る未来しか見えない。
レッスンその3で受けた呪いは、思いの外重かった。
学園内という気を張っていなければならない状況下では、意識的に抑え込むのもままならない。
一旦口をつぐむことにする。
口は災いの元であることは、昨日今日で実感した。
可能な限り、言葉少なめにしてあまり話さないことにしよう。
「まあ、いい。はじめまして、僕はヘリアン。ヘリアン・ウェン・ロドウェールだ。どうかよろしく、首席合格者のレイン・メアリクス君」
声に若干の怒りを滲ませながらも、彼は冷静さを保って挨拶をしてきたのだった。
それに対して私は、
「ああ」
と一言返事をする。
……別にふざけているのではない。
これ以上言葉を続けると、確実に煽ってしまうため、このような返事しか出来ないのが現状なのだ。
私のリアクションを見て、ヘリアン王子が怪訝な顔をする。
「どこか具合でも悪いのか?」
「違う。気にするな」
気にかけてくれる王子。とても良い人だ。
そして、ばっさりとその好意を無碍にする私。しかも、王子の方が地位が上なのに、敬語ですらない。客観的に見て、とても悪い人間だった。
凄い申し訳ない気持ちになってくる。
出来れば王子には誠意ある対応をしたい。だが、それは出来ない。ツライ。
そう思っていると、王子は溜息を吐いた。
「質問しよう、レイン・メアリクス。何故、君たちはそんな態度をしているんだ? 昨日、そして今現在の振る舞いは流石に僕の目にも余るぞ」
えぇ、そんなこと言われても……。
答えられるわけがない。
元々私たちは人前で『悪役』として振舞わなければならないということもあるし、専属執事のレッスンを受けたがために体に染みついているというのもある。
そして、それを公言することを固く禁じられていた。
父からではない。
何を隠そう国王からの命なのだ。
ちなみにその命は、全ての貴族が守らないといけなかった。
正直他の人たちも、私たちのお役目については薄々理解しているだろう。
特に大人たちなんて、自分たちが学園に在籍していた際、当時のメアリクス家の者たちを見てきたはずだ。だから、私たちがどういう存在なのか理解していてもおかしくはない。
けれど、不思議なことに私たちのお役目についてはほとんど周知されていないらしい。
何故なら父曰く、国王からの命令である以上、臣下であるならば当然遵守せねばなるまい、だそうだ。
その命に背いても特に罰則は無い。
けれど、忠誠心を疑われてしまえば、貴族としてやっていけなくなるかもしれない。
この国――ロドウェール王国は、他の国と比べて資源は豊富だが、特別大きいわけではない。
国土も人口も。小国と言っても差し支えがないほどだ。
ゆえに国王の命に背いた場合、すぐに露見してしまうことは目に見えていた。
だから、貴族たちはメアリクス家のことについて誰にも教えないようにしているのだった。
よって、私たちのお役目については半ば公然の秘密扱いである。
「どうしたんだ、レイン・メアリクス。僕の問いに答えられないのか?」
再度、ヘリアン王子が訊いてくる。
無理に決まってる。
止めて。質問しないで。そんなことあなたのお父さんに直接聞いてよ!
そう思うが、ヘリアン王子相手に言えるわけがない。
もしかして、国王に直接聞いても教えてもらえなかったのから、私のところに来たのだろうか。
絶対そうだ。なんで私が外れを引かないといけないのか。
――仕方ない、うやむやにしよう。
私は、最終的にその結論に達した。
それと、同時に『悪役』としての仕事もこなすことにする。
何しろ、わざわざあちらから訪ねて来てくれたのだ。
これは、またとない機会である。
それならば、こちらも『悪役』として相応の対応をせねばなるまい。
私は瞬時に表情を作る。相手を嘲笑するような、そんな『悪役』に相応しい表情だ。
「――ふん、それが貴様のやり方か。何とも浅ましいものだな」
そして私は、ヘリアン王子に対して挑発の言葉を発するのだった。