乱心
ヘリアンは驚愕する。
目の前で突然、レインがケルヴィンに対して膝蹴りを喰らわせたからである。
そのまま崩れ落ちるケルヴィン。
一瞬の出来事で、ヘリアンはただ目を白黒させることしか出来ない。
確かに彼の驚いたその横顔は、いつもの張り詰めたような表情とは打って変わり、まるで一人の可憐な少女だと思わせる雰囲気があった。
正直、ケルヴィンの「嬢ちゃん」という発言も、肯けるものだった。
目の前の彼は、ヘリアン自身、そう感じたほどの様変わりを見せていたのだが、すぐさま彼の様子は元に戻ることになる。
ケルヴィンの言葉だ。
ケルヴィンは、「あれ、何でこんなことを言ったんだ?」と自身の言葉に戸惑いを覚えながら彼に謝った直後、地面に転がる羽目になったのだった。
地面で沈黙するケルヴィン。
明らかにやり過ぎだ。
そう思ったヘリアンは困惑しながら、声を上げた。
「君、とにかく落ち着いてくれ。やり過ぎだ。いくら姉想いだからって――アアーッ! なぜ僕も!?」
彼を落ち着かせようと近寄ったヘリアンは、そのまま足を払われて転倒するのだった――
♢♢♢
――やってしまった。
気づいたら、自分以外の二人が地面に転がっている状況である。
慌てて二人の様子を見ると、ヘリアン王子は「落ち着かせようしただけなのに……」とやや落ち込んだ様子でおもむろに立ち上がり、ケルヴィンは気絶したままだ。
二人に対して頭を深々と下げて謝りたいところではあったが、今はそれどころではない。
護衛として目立ってはいけないのに、公衆の面前で目立つことをしてしまった。
人通りは今のところほとんどないが、すぐにでも場所を移した方が良さそうだ。
私とヘリアン王子は、ケルヴィンを担いで急いで先ほどまでいた喫茶店に再度入店をしたのだった。
♢♢♢
喫茶店に再度入った後、「何やってるんですか、皆さん……」、とキースが呆れながら私たちの前に姿を現すことになる。
「幸い、周囲への影響は特になかったのでこのまま継続しますが、とにかくくれぐれも気をつけて下さいね」
と厳しく注意を受けて、シュンとなる。
確かに、先程のことはやり過ぎたと思う。
気付いていない二人に思わず、ぬか喜びをしたことにより、大きく落胆した今の自分の気持ちをぶつけてしまった。
八つ当たりのようなものでしかない。
本当に申し訳なく思っている。
しばらくしてケルヴィンが、目を覚ますと「はっ! また気絶しちまったぜ……!」と声を上げる。
そして、私に対して「何か、すまねえな坊主」と声をかけてくる。
どうやらケルヴィンは、私との戦いで気絶する直前のことを覚えていない様子であった。
彼としては何故かは分からないが、私を見て「嬢ちゃん」という感じがするらしい。
「そういえばあの時、何か坊主が呟いていた気がするんだが、全然思い出せん。なあ、お前さんは覚えているか?」
そう聞いてきたので、私は首を横に振ることにしたのだった。
やはり彼は私のことについて一切気付いていない。
正直、とても残念な気持ちが大きかったが、思わず安堵する自分もいる。
――危うくルール違反になるところだった……と。
それは本当の最終手段である。
そう弟と二人で決めているため、故意ではないにせよ、今後やはりこういったことが無いようにしたい。
しかし、それにしても、やはりいきなり膝蹴りはやりすぎだったと思う。
喫茶店の店員と店長は、元騎士だったのでこういったことは慣れているらしく、すぐに水とタオルを持ってきてくれた。
一歩間違えれば騒ぎになっていたところだ。
深く反省しなければ。
そう落ち込んでいると、ドロシアも姿を現して私に近付いてきた。
何故か同族を見つけたような、心なしか嬉しそうな表情で耳打ちをしてくる。
「……良ければ、トドメはお譲りしましょうか?」
いや、いらないよ……。
私は彼女の申し出を全力で拒否したのだった。




