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挨拶(仮)の反響

「な、何なんだ、これは……」


 問いかける生徒会長の言葉を無視して、涼し気な様子で去っていくメアリクス家の双子二人。

 それを見つめながら、ヘリアンはただ呆然と呟いた。


 今起こったあまりにも衝撃的な光景に対して、驚愕のあまり喉から上手く言葉が出てこない。


 隣にいるサフィーアも、思わず言葉を失っていた。


 伝統ある学園にて行われた入学式。

 その一幕においてメアリクス家の双子は、あろうことか二人揃って前代未聞の暴挙を働いたのである。


 ざわめき出す周囲。

 その中には、幾人かの教師の声も混じっていた。


「――馬鹿な! 今まで大人しかったのはこの時のためだったのか……!」


 そう悲鳴のような声を上げたのは、メアリクス家の双子に対して入学式での挨拶のリハーサルを何度も行わせた若手の教師である。


 彼は、入学式を成功させるため万全を期す構えであった。

 何度も直接その目で確かめた結果、二人には今までのメアリクス家の人間とは違い、幾ばくかの常識と良心を持ち合わせていると判断したのだ。

 だが、その考えは誤りであった。

 彼の予想を裏切り、メアリクス家の双子はこうして栄えある入学式において問題外すぎる行動に出てしまったのだから。


 若手の教師は、ずれた眼鏡を正しながら、悔しさのあまり歯噛みする。


「……先代も現メアリクス当主も入学式が始まる前に問題を起こしていた。だが、今回は違う。今の今まで我慢していたのか……。しかも、警備の者を呼ばれないよう、長引かせることはしなかった。引き際も弁えているだと……? くそっ、メアリクスが我慢出来るだなんて、これまでのデータにはないぞ!!」

「――だから何度も言っただろう、メアリクスを侮るなと。彼奴らは、必要ならば蛇にでも狐にでも、はたまた道化(ピエロ)にだってなるのだからな」


 そう告げるのは、ヘリアンたちに入試結果を告げた年老いた教師だ。

 彼はその目で直接何度もメアリクス家の人間を見てきたからこそ、理解していた。


 あのメアリクス家の人間が、大人しいままのわけが無いと。


「私は学生時代、先代メアリクス家当主と同じ学年だった。それに加えて現当主が学園に在籍していた時、彼の授業を受け持ったことがある。だからこそ分かるのだ。――彼奴らは、狼だ。学園という柵の中に放たれた羊を騙った狼なのだぞ。ならば、あとは逃げ場のない柵の中で羊たちを喰らうのみだと何故分からんのだ……」


 年老いた教師は疲れ切ったような声音で呟くようにして言った。

 その言葉に賛同するようにして、副学園長が声を上げた。


「そうじゃ。能ある鷹は爪を隠す。皆の者、今代のメアリクスはなかなかの曲者じゃぞ。今一度用心せねばなるまい」

「もちろん分かっています、副学園長。しかし、これほどまでとは思っていませんでした。心の中でどこか侮っていた私のミスです。皆さん、申し訳ありません……」


 眼鏡の若手教師は、頭を下げて謝罪の言葉を述べる。


「よい。頭を上げるのじゃ。これは学園の、そして我々教師の沽券に関わる問題。ならば皆で対処していこうぞ」


 そして、教師たちは一丸となって困難に立ち向かっていくことを誓ったのだった。


「まあまあ皆さん。無茶はしないようにお願いしますね。何事も体が一番大事ですよ」


 教師たちの会話を聞きながら、学園長だけはそのように、労りの言葉をかけてにこやかに笑うのだった。




 ――そして一方、ヘリアンとサフィーアは入学式後が終わり次第王宮へと戻って国王に対して抗議の声を上げたのだった。


「父上! 入学式でメアリクス家の人間を見ました! 一体何なのですか、彼らは!?」


 自室にいた国王に対して、ヘリアンが詰め寄ると、すでに事の顛末を知っていたらしく、くつくつと国王は喉を鳴らして笑った。


「ああ、よく帰った。二人とも。そう怖い顔はせずに一度寛ぐと良い。それにしても、一体全体どうしたというのだ?」


 国王は、こみ上げる笑いを押し殺しながら、ヘリアンたちに告げる。


「父上、とぼけないで頂きたい。確かに彼らは、会えばどのような者たちなのか一目で分かりました。だからこそ、疑問に思うです。本当に彼らは忠臣なのでしょうか?」


 あの傲岸不遜な態度を見てヘリアンは思う。

 かつて国王が言ったような、国一番の忠臣の家系だとは到底思えなかった。


「……ほう。もしやあの傲慢さが許せないか、ヘリアンよ」

「当然です。王族たる者、臣下の不届きな行いは正さねばなりません」

「なるほど。お前もそう思うか、サフィーアよ」

「はい、あれは流石にあんまりだと思いました……」


 両者の答えを聞いて、国王は「そうか、そうか」と満足そうに頷いた。


「それは結構なことだ。それで、お前たちはどうするのだ?」

「決まっています。あの二人と一度、話を行なって、その振る舞いを正すよう説得しようと思います」

「私もそれが最善だと判断します」


 その言葉に、国王はわずかに目を細めた。

 そして、目の前の二人を父として愛おしそうに見つめる。


「――そうか。ならば期待しておるぞ、二人とも。王族として、いつか国を担う者として、その心持ちをゆめゆめ忘れるでないぞ」


 そして国王は、それだけ言うと「これから公務がある」と言って二人を残して、部屋を後にしたのだった。


 誰もいない廊下を歩きながら、国王は昔を懐かしむような表情でひとり呟く。


「――我が親友アーロンよ。お前の子たちもまた、お前に似てなかなかの暴れ馬のようだな。余たちの時のように、期待しておるぞ――」


 国王は昔と今、そしてこれからの将来について静かに思いを馳せたのだった。

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