合流
昼休みになり、ヘリアン王子と揃って学園内にある大食堂に行くと、突然周囲からキャーキャーと歓声が上がることとなった。
私のファンらしき女子生徒たちが、私の姿を目敏く見つけたからである。
大勢の学生で混雑している大食堂で黄色い声が飛び交い、さらに混沌とした状況になるのだった。
うわあ、久しぶりに来たけど相変わらずだなあ……。
こうなることは明白だったので、実は最近、大食堂には行かないようにしていたのだった。
まあ、こんな大勢の前で一人寂しく食事をするのもアレだったということもあるけれど。
私はいつも、家から持参してきたお弁当を人気のないところでサイラスと一緒に食べている。
彼は最初は、自分は従者であるからと、私と一緒に食べることを遠慮していたのだが、私が「命令だ」と必死に訴えたことにより、今では毎日一緒に昼食を食べるようになったのだった。
ちなみに場所も毎回変えている。
もしも私のファンである彼女たちに見つかってしまうと、大変な騒ぎになることがしばしばあるからだ。
最悪の場合、私を見て悲鳴を上げて気絶したり、鼻血を出したりして保健室送りになっていくのを眺めながらでは、正直食事どころではない。
本当に、ジョシコワイ……。
いや、私も女子だけど。
まあ最近は、何度も倒れて耐性が付いてきたのか、全く保健室送りにならないようにはなったが、彼女たちを見ていると正直今でも心配してしまう自分がいる。
そういえば、今回に限ってはこの状況は、丁度良いのかもしれない。
木を隠すなら森の中と言う。
こんな喧騒の中であれば、私たちの会話なんてかき消されて周囲には一切聞こえないだろう。
打ち合わせ場所としては、もってこいだと思う。まあ騒がしいのが気にならなければの話だけれど。
それに、私のファンである彼女たちも少しでも鼻血が出そうになったり、倒れそうになったら、すぐに離脱するようにいつの間にか訓練されていたので、大きな問題はそう簡単に起きないと思う。多分。
「相変わらず君は人気者だな」
やや感心するようにしてヘリアン王子が言うけれど、ぶっちゃけ私のファンは今この場で歓声を上げている者の七割ほどであり、後の三割はヘリアン王子のファンであることを彼にはきちんと理解して欲しい。
今は関係ないが正直言うと私にとって、ヘリアン王子のファンである彼女たちが厄介なのであった。
彼女たちは、最初私に何度も敗北するヘリアン王子を「ヘリアン殿下、がんばってぇ!!」と熱心に応援していた者たちだったのだが、途中から何かに目覚めてしまったらしく、私に対して何度も「もっとヘリアン殿下をボロボロしてください……」と頬を赤らめて懇願してくるのである。
今のところ、学園内でヘリアン王子のファンである彼女たちが一番苦手であった。
ああ本当に、ジョシコワイ……。
恐怖症になりそうだ。
いや、まあ私も女子なんだけど。
そう思いながら、ランチを注文するために列に並ぶと、「並ぶ姿もカッコいい!」と悲鳴が上がる。
……いや、並ぶ姿がカッコいいって何? どういうこと?
よく分からない思考だ、それ。
内心困惑しながら、ランチを注文した後、二人で空いている席が無いか探す。
すると、すぐ目の前にいた女子生徒たちが、目に止まらぬ素早い動きで残っていたランチを食べ終え、そのまま座っていた席から立ち上がったのだった。
「席空きました!」
「こちらにお座り下さい!」
「ぜひぜひぜひぜひ!!」
「どうぞ、ごゆっくりぃい!!」
そして、食器を持って去っていく女子生徒たち。
瞬く間に、四人用の席が空いてしまった。
何という身軽なフットワークだろうか。
思わず呆然としてしまう。
あのヘリアン王子ですらぽかんとした表情になり、お礼を言う機会を逃していた。
そのあと、我に返ったヘリアン王子が、「さ、さあ席に座ろうか」と言ってきたので、私も何も言わずに黙って席に着く。
注文したランチは、後で給仕の人たちが持ってきてくれる。
片付ける時も、給仕の人たちが下げてくれるのだが、先ほどの女子たちはもちろん例外である。
ランチが来るまでの待ち時間、何か暇を潰そうと話題を探していると、突然、「うぉおおお!!」と入り口付近で男子学生たちの野太い歓声が上がったのだった。
今度は何だろう、と思って視線を向ければ、そこには弟とサフィーア王女がいたのだった。
おそらく、私たちと同じように考えて大食堂に来たのだろう。
あ、そうだ。せっかくだし、当日の予行練習をしよう。
私はスプーンを持って、鏡代わりに使う準備を始める。
瞬き信号に加えて、読唇術も一通り習得しているので、後はこちらに気づいた弟とアイコンタクトで、彼女たちの話に聞き耳を立てていいかと了承を得るだけだ。
弟は、私の意図をすぐさま察して分かりやすく、口を開けて会話をしてくれるだろう。それで大体別の席についた彼女たちの会話の内容が分かるはずだ。
そう考えていると、ヘリアン王子が私に対して提案をしてきたのだった。
「レイン・メアリクス。せっかくだ、彼女たちもこちらに呼ばないか?」
えっ、呼ぶの?
いや、まあ……聞き耳を立てるより、確かにそちらの方が良いに決まっているけれど。
それに、この場に弟がいるなら心強い。他人とランチを食べるという初めての経験で緊張しても、弟と一緒ならば問題なく乗り越えることが出来るだろうから。
少し逡巡するも、最終的に頷くと、ヘリアン王子は「少し待っていてくれ。彼女たちと話してくる」と言って席を立ったのだった。
それを私は見送る。
それにしてもヘリアン王子といると、最近どうにも調子が狂ってしまう時がある。何故だろう。やはり、彼が良い人だからだろうか。
何にせよ、やり辛いのは良くない。悪役として、自分のペースを保たねば。
そう思いながら、私は彼の背中を見つめるのだった。




