入学式(下)
ん……?
……あれ?
あれれ……?
私は、思わず我が耳を疑った。
そして、自問自答する。
どうして私は、こんな暴言を吐いているのだろうと――
予定では、「新入生一同は、この学園の生徒となったことを誇りに思い、学園の名に恥じない実りある学生生活を送っていきたいです。よろしくお願いします!」みたいなことを言うつもりだったのに。
もはや別物である。影も形も無いではないか。
私の言葉に、目の前の全員がポカンとした表情だった。何人かの教師なんて白目を剥いているではないか。
司会役の生徒会長も、私たちのすぐ近くで呆然としているのが目に飛び込んでくる。
当の本人である私も呆然とする。
そして、私は自分が大衆の面前でやらかしてしまったことを、言葉を発した数瞬後に理解するのだった。
――ああ、まずい。完全にやってしまった、と。
同時に私はあることを思い出していた。
それは、専属執事のサイラス主導の下行われたレッスンだ。
私は以前に悪役令息となるため、あるレッスンを行なっていた。
――『レッスンその3。悪役たる者、他者に対して傲岸不遜な言動を取るべし』。
レッスン後から私は、無意識のうちに口から傲慢染みた言葉が出るようになってしまったのだった。
それからというもの、他者と会話をする際にはほぼ必ずそうなってしまい、普通に喋ろうとしても癖なのかなかなか直らない。
弟とは言葉以外でも意思疎通の手段が豊富なので問題は皆無だったが、それ以外の人と話す時はやや不便だ。
そう思った私は、苦労の末、意識的にならば傲慢な言動を完全に抑え込むことに成功したのだった。
そして最近は意識的に抑え込んで表面化していなかったため、すっかり忘れていた。
そういえば、そうだ。
少し気が抜けてしまったがために、またあの症状が出てしまったのだ。
……しかも、こんな大事な時に。
もはや呪いである。
私はちらりと弟の方を見た。
すると弟は、「えっ、何どういうこと? 方針は? 一緒に決めた計画はどうなったの???」というような表情で見つめてくる。
……ごめん、弟よ。
お姉ちゃん、しくじっちゃった……。
次第に申し訳ない気持ちで一杯になってくる。
あんなにも一緒になって計画を考えたのに。
たった少しの慢心で入学初日から、軌道修正が不可能なレベルに陥ってしまった。
……いや、まだだ。失敗してしまったものは仕方ないが、私はまだ諦めない。
私が駄目でも、弟のレインがいる。
私たちは双子である。いつも二人で力を合わせてきた。
だから、今回だって二人で乗り越えてみせる。
私は即座に脳内で計画の見直しを行う。
実は、私たちはどちらか一方がしくじってしまった時のために、予備の計画を用意していた。
使うことはないだろうと思っていたため、弟とろくに打ち合わせもしていないが、そこは臨機応変で行くしかない。
私は、今からその予備の計画に乗り換えることに決めたのだった。
その計画をあえて命名するならば、『良い衛兵・悪い衛兵』計画だろうか。
筋書きはこうだ。
先ほどやらかしてしまった私は、素直に王子たちと友好関係を結ぶのを諦め、ひたすら悪役に徹することにする。
そして、まだやらかしていない弟は当初の計画通り友好関係を結ぶのだ。
弟は私をダシにして王子たちとより親しくなれれば、当初の計画より多くの情報が手に入るかもしれない。
つまり弟が良い衛兵で、私が悪い衛兵である。
尋問の手口でこういうのがあったことを本で読んで、私たちは思い付いたのだった。
この計画は、当初の計画がそのまま使える点が強い。
しかも私という悪い衛兵の存在により、相対的に良い衛兵の弟と友好関係を結ぶ際に生じるであろう抵抗感がいくらか薄まる可能性があるというところが魅力的だ。
よし、やろう。
私は、弟に対して目のまばたきを行う。
私たちは、言葉以外のコミュニケーション手段をいくつも用意していた。
どれも『遊び』で考えたものばかり。
従者たちに監視されていた屋敷の中では、その全てが役に立ったのだった。
そして、今現在私が用いるのは、『まばたき信号』だ。
その名前の通り、目のまばたきの回数や間隔によって意思疎通をはかるものである。言葉や身振り手振りを必要とせず、第三者からは「こいつら、めっちゃドライアイやな」程度しか思われない、比較的秘匿性の高い情報伝達方法だった。
私は弟に対してまばたき信号を行い、すぐさま簡潔に説明する。
――『プラン ビー ヘンコウ』。
弟は「分かった、それでいこう」と頷く。
これで大丈夫だ。
弟は、私より頭がいい。
どんな時でもすぐに機転を利かせてくれるだろう。
私は安心して、後ろに下がるのだった。
そして、次に弟が挨拶を行う。
弟は、優雅な所作で一礼する。
誰もが見惚れるような柔らかな笑みを浮かべ、そして、
「――座学主席カティア・メアリクス。あなた方のことは家畜以下だと思っていますので、さっさと豚の餌になるべきだと今日だけで百回思いましたわ。どうかよろしくお願い致します」
歌うような声音で、私と同等かそれ以上の暴言を大勢に向かって吐いたのだった。
弟よ、お前もなのか……。
まさかの弟にも、件の呪いが発動してしまった。
それを見た私は、弟に対してただ生温かい視線を送ることしか出来ない。
私に続き、やらかしてしまった弟が、おもむろにこちらへ向いた。
――『ゴメン ナサイ』。
――『イイヨ』。
パチパチとまばたきをして平謝りしてくる弟。
それに対して、私もパチパチとまばたきをして即座に気にするなと返事をする。
正直、これは仕方がないと思う。どうしようもない。
この呪いは、真面目にレッスンを受ければ受けるほど強力になる呪いだ。
そして私たちは超がつくほど真面目だった。結果、抗えないほどの呪いを受けてしまった。それだけの話だ。
何にせよ、私たちにとってこれは避けられない運命だったのである。
こうして二人揃って仲良く自爆した結果、考えていた全ての計画が完全に頓挫してしまったのだった。
なので、私たちは一旦考えるのを止めることにする。
入学初日なのに、もう疲れた。
また明日頑張ろう。
「――えっ、ちょっ、どういうこと……? えっ、えっ……? 挨拶……? 今の挨拶だったの!? ねぇ!!」
どうだろう。それは私たちにも分からない。
そして内心周囲の皆に対して何度も深く謝りながら、困惑する生徒会長を尻目に二人揃って壇上を後にするのだった。
♢♢♢
――なお、帰宅後に従者たちからは、入学式での私たちの言動について「さすがお二人です! 満点でした!」と大絶賛された。父からも「よくやった!」と褒められる。
それにより、私たちは『悪役』としてはこれ以上ないくらい輝かしいデビューを果たしたことを理解し、複雑な感情を抱きながら、最終的に結果オーライだったと気持ちを無理やり切り替えることにしたのだった。