夜遊び 4
――私たちは何度も剣戟を交わす。
私とサイラスの戦いは苛烈を極めた。
サイラスのサーベルでの鋭利な一撃を躱し、反撃を叩き込めば、防御用短剣で受け止められ、さらに反撃をもらうことになる。
私はそれを躱して、また反撃を叩き込むのだ。
一瞬一瞬が、まるで気の抜けない時間だ。
少しでも気を抜いてしまえば、すぐさま廊下に倒れることとなるだろう。
一度の判断ミスが、そのまま自身の敗北に繋がっている状況であった。
これほど一秒というわずかな時間が、長く感じられる機会もそうないだろう。
――ああ、楽しいなあ。
無意識に私は笑みを深めていたのだった。
サイラスは、無表情のまま私の攻撃を捌いている。
内心はどう思っているのだろうか。
けれど、おそらく喜んでくれているに違いない。成長したな、と。いつものように。
私が攻撃のペースを上げると、サイラスもそれに応えるように攻撃のペースを上げる。
サイラスが、問題なくついてこられると判断したらさらに攻撃のスピードを上げる。
それを何度も繰り返す。
サイラスに勝つには、意表を突くのでは全然駄目だ。
彼の技量は、私を上回っているのだから、すぐに対応されてしまうだろう。
そんな小細工では、決して彼には勝てない。
現時点で、方法は一つ。
サイラスよりも素早く動き、サイラスよりも重く鋭い一撃を放つ。
それのみである。
純粋な技量で勝てないのなら、総合力で圧倒する。
いつかそれさえも超えてみせると、固く誓いながら私は剣を振るのだった。
♢♢♢
そして、数分後――
「っ!!」
サイラスの手からサーベルが、弾き飛ばされる。
すかさず反撃しようとサイラスは私に対して、防御用短剣を突き出すが、その行動も予測済みだった。
防御用であるため、攻撃には向いていない。
私は絡めとるようにして、短剣も弾き飛ばす。
そして、すかさず彼の喉元に向かって剣を突きつけて告げる。
「――俺の勝ちだ、サイラス」
「……ええ、そのようですね。自分の負けです、レイン坊ちゃん……」
お互い、息を切らした状態。
サイラスは、やや項垂れるようにして、自身の負けを認めたのだった。
「……どうやら自分では、レイン坊ちゃんを止めることが出来ませんでした。面目ありません。嬉しいやら悲しいやら、少し複雑な気分です」
「なかなか悪くなかった。が、俺にはやらねばならないことがある。サイラス、そこを通してもらうぞ。悪く思うなよ」
「ええ、構いません。レイン坊ちゃん、好きにお通り下さい」
そう言って、サイラスは抵抗らしい抵抗を見せずに、素直に私に道を譲るのだった。
「……何だ? やけに素直だな」
「ええ、自分の役目はきちんと果たしましたから」
「何?」
先ほどから項垂れていたサイラスは、ゆっくりと顔を上げ、そしてこう告げた。
「自分はあなたに負けました。ですが、レイン坊ちゃん。――自分たちならば、勝ちを拾うことが出来ましたよ?」
その瞬間、私は背後から気配を感じたのだった。
弟かと一瞬思うが、そんなわけがない。
様子を見に来るような愚を彼が犯すはずがないからだ。
なら、兵士?
馬鹿な、巡回の兵士がこの階にまで戻ってくるにはまだ少し時間が――
そう思い、咄嗟に振り向けば、廊下の角から一人のメイドが姿を現したのだった。
「マリー……!」
「はい、マリーです。こんばんは、レイン坊ちゃん」
相変わらず、無表情の彼女。
しかし、なぜここにいる……?
しかも、その何故かマリーはやや後ろ向きでやってきた。
どういうことなんだ。
それにレインは一体――
そう考えていると、次の瞬間、私は驚愕することになるのだった。
何故ならば、マリーの次に、今頃私の部屋にいるはずの弟が顔を見せたのだから。
その弟の顔は、「痛っ、いたたたたっ、ギブギブっ、ちょっ、力強いって! 本当にもう優しくしてよお! ガラス細工のようにぃ!!」と痛みを堪えるかのように半泣きになりかけていた。
マリーに腕を捻り上げられるようにして、がっちりと拘束されていた状態であったからである。
彼女が、やや後ろ向きでこちらにやってきた理由が判明したのだった。
そして、マリーはそのまま痛みに顔を歪める弟の姿を、まるでたっぷりと見せつけるかのようにしてこちらへと向ける。
「――さて、レイン坊ちゃん」
呆然としていると、後ろから声がかかる。サイラスだ。
「勝負はつきましたので、大人しく投降をお願いします。それともカティアお嬢様がどうなってもよろしいのですか?」
……お、鬼だ。
鬼がいた……。
妖怪、鬼畜従者だ。この執事たち……。
こうなってしまっては、どうすることも出来ない。私は、弟を人質にとった従者たちに挟まれ、為す術なく武器を捨てる。そして、諸手を挙げて降参するのだった。




