団欒 2
父は落ち込んでいた。
もはや涙目になりかけていた。
なので、私たちは慌てて父を慰める。
しかし、その気遣いが父にとっては傷に塩を塗り込む行為となってしまったらしい。
さらに落ち込むことになるのだった。
「さあ二人とも。その人のことは放っておいて、夕食を食べましょう。早くしないと冷めてしまいますからね」
母は、特に父を気にすることなく告げる。
実はメアリクス家の中での序列は、当主である父よりも母の方が上だったりする。
まあ、父が言い争いにおいて母に勝てるわけがない。
私が時々、弟に対して「うわぁ、絶対喧嘩したくない……」とビクビクするのと同じ理屈である。
しかも、父は今まで私たちを見分けることが出来なかったという負い目がある。
そこに付け込まれたら、父が母に勝てる可能性などゼロに等しい。
とまあ、一人落ち込んだ様子ではあるが、私たちは一家全員で夕食を食べ始める。
実に何年振りだろう、家族全員で食堂に集まるのは。
そういえば、祖父母と一緒に食卓を囲んだのも子供の頃以来で、今までずっと無い。
きちんと顔を合わせたのも、子供の頃以来だろうか。
基本的に手紙のやりとりばかりだ。
なので、たまにも祖父母に会ってみたいと思えてくる。
「それで、二人ともどうでした? きちんと採寸出来ましたか?」
そのように母から話題を振られて、私たちは「はい」と答える。
「それならば、良かったです。やはり、ただ衣服を交換するだけでは、少なからず違和感があると思いますから」
確かに、弟が着ていたドレスを身につけていると、少しところどころ引っかかる部分はある。
私と弟は、そっくりではあるけれど、その全てが同じではないということを再認識することとなった。
いやまあ、男女差は流石に埋められないよね。
とりあえず、普通に動く分には問題無いが、もしも――たとえば、手練れの暗殺者にでも襲われたら、その小さな違和感が生死を分けることに繋がるかもしれない。
今のところ学園がいつ再開するのか分からない。
それまでは、屋敷に篭りっきりなのでそのような機会は外にいるよりも訪れる機会は少ないだろうけれど。
まあ、最悪刃物でドレスを割いて、動き易くすれば問題ないか、と自分の中で納得する。
「それと、レッスンはどうでした? 順調ですか?」
そのように母から尋ねられて、私たちは言葉に詰まることになるのだった。
順調……。順調……?
いや、全く順調ではない。
正直、かなり酷いと思う。
まるで私たちの持つ才能が元に戻るのを拒んでいるのかと思うほどに、それはそれは酷いものだったと私たちは考えるのだった。
マリーは、言った。
きちんと上達している、と。
しかし、それはどう考えても亀の歩み程度の速さであると思わずにはいられなかった。
私たちが今まで通りお役目をこなせるようになるには、一体いつになるのだろうか。
いや、もしかしたら一生無理という可能性もある。
いくら努力をしようと、成長には限界というものがあるのだから。
でも、それでも私たちは必死になって頑張らないといけない。
「頑張ってくださいね、二人とも。母も応援しています」
私たちが難しそうな顔をしているのを見て、母はそう言ってくれた。
私たちは、その優しさが嬉しかった。
「母は、メアリクス家の教育を少ししか受けていませんから、その大変さがあまりよく理解出来ていません。けれど、きっと二人なら乗り越えることが出来ると思います」
そう励ましてくれる。
そして、私たちは嬉しい気持ちと同時に激しく驚くことになる。
――え、ちょっと教育を受けただけなのに、幼い頃から教育を受けてきた父を圧倒出来るんだ……。
それはもはや天性の才というべきか。
どうやら母にとって、メアリクス家の人間になることは天職であったらしい……。
私たちは、心の中で戦慄するのだった。




