舞い降りた天使
ヘリアン王子が、廊下に出来た穴に落ちた。
その事実を理解するのに、私たちはしばらく時間がかかったのだった。
――えっ、本当に……? 本当に落ちたの……!?
そう思ってしまうが、肝心のヘリアン王子の姿が無いのである。
ならば、そうことになってしまう。
しかし、何故こんなところに穴が……。
「レイン坊ちゃん」
サイラスが、声をかけてきて私は我に返る。
そんなことを今考えている暇はない。
さっさと穴に落ちたはずのヘリアン王子を助け出さないと……!
そう考えて私は、慌てて穴を覗き込む。
すると、中に灯りが見えた。
どうやら、中はある程度の広さの空間があるらしい。
「サイラス! 縄を持ってこい!」
「分かりました!」
サイラスが走る。
しかし、私はそれを待ってはいられなかった。
先ほどから嫌な予感がしているのだ。
それが、全然止まらない。
だから、いてもたってもいられなくなった。
私は覚悟を決める。
そして、中の様子が分からないまま、私は穴の中に飛び込んだのだった。
♢♢♢
――三人組の泥棒がいた。
彼らは、大規模な建物を標的にするプロの泥棒たちだった。
彼らは、銀行や屋敷、それに城にまで侵入を成功させる腕利きの泥棒たちだった。
彼らは、基本的に盗みを一度も失敗させたことがない。
何故なら、彼らの侵入経路は地下からだったからだ。
地面の下を彼らは掘り進め、そして侵入を果たす。
一から掘り進めているのだから、途中で誰かに見つかることなど無い。
故に、必ず侵入は成功する。
そして、人が金目の物をしまうとしたら、それは地下か建物の最上部のどちらかしか無い。
だが、大体は火事や地震といった有事の際を気にして、地下にしまうことの方が圧倒的に多い。そのため、侵入の成功はすなわち盗みの成功を意味していた。
彼らは、様々国を渡り歩いてきた。
彼らの侵入方法はあまりにも大胆で、その形跡がはっきりと残ってしまう。
そのため、同じ場所で盗みを働くことは出来なかったのだ。
彼らは今回、ロドウェール王国に目をつけた。
特に理由はない。
けれども、豊かな国であるということは聞いていた。
そのため、泥棒たちは期待に胸を膨らませていたのだ。
そして彼らが慎重に選んだ末、標的にしたのがこの学園だった。
地面の硬さや侵入までの下準備のしやすさといった、とにかく諸々条件が合致した結果であった。
大勢の貴族の子供たちが通っている学園だ。当然、金目の物は沢山置いてあるだろう。
しかも、人が住んでいるわけではない分、王城や屋敷と言った場所よりも警備が手薄そうであるし、夜を見計らって実行すれば、かなりの成果が期待出来るだろう。
そのように考えながら、泥棒たちはえっちらほっちらと離れた場所から学園の学舎に向かって地下を掘り進め始めたのだった。
彼らは元は炭鉱夫だった。
そのため、土や岩を掘る術を身につけていたし、これまでの経験から誰にも露見することなく掘削によって出てきた土や岩を処分する方法も心得ていた。
このまま掘り進めていけば、容易に侵入が可能だと、泥棒たちは目算していた。
そして、根気よく掘り進め、三ヶ月後――
「ようやく建物の下辺りまで来たぞ!」
「長かったな!」
「バンザーイ!!」
泥棒たちは、そのように皆ではしゃぐのだった。
基本的に、彼らの侵入方法は大胆であり、そして恐ろしく手間がかかる。
だが、これが最も安全な侵入方法なのだ。
堅実こそが一番。
盗みを働くという博打めいたことをしておきながら、泥棒たちはそのような欲張ることをしない考えを有していた。
あとは夜を待ち、地上に向かって開通させるだけだ。
建物内のどこに繋がるかまでは分かっていないが、自分たちのことについて気が付かれていないのであれば問題無い。何とでもなるだろう。
そして盗みを働いた後、もうここには用はない。
次の国に逃げるように向かうだけだった。
そのように考えて、泥棒三人は「やったー!」と諸手を挙げて喜んでいる時だった。
突然、激しい音を立てて泥棒たちが掘ったトンネルの天井が崩れ落ちた。
「えっ、何!? 何事!?」
「落盤だと!? 馬鹿な、ちゃんと計算して掘ったのに!?」
「大丈夫かお前!! 巻き込まれていないか!!」
そのように泥棒たちが驚きながら声を上げる。
激しく土埃が舞い、泥棒たちはそれに咽せる。
彼らは、慌てて腰に吊るしてあったランプを掲げた。
そこには舞う土埃に隠れて、一人の人影がこちらに近づいて来るのが見えた。
泥棒たちはぎょっとする。
よく見ると、それは人の形に似た岩石などではなく、正真正銘人間であったのだから。
その落ちてきた人間もまた、泥棒たちを見てぎょっとする。
そして、互いにばっちりと目が合った。
そのため、落ちてきた人間であるヘリアンと泥棒三人は――
「「「「うわ、ウァアアアアアア!! 人間だあああああ!!! きゃあああァアアアアアア!!!!」」」」
びっくりして、同時に叫ぶことになるのだった。




