混沌
私たちは、皆揃って修練場を出る。
その際に、ヘリアン王子とサフィーア王女が、審判役を務めていた教師に会釈をした。
「よ、よく分からんが、私はお前たちを応援するぞ!」
教師は、戸惑いながらも私たちにエールを送ったのだった。
そして、そのまま私たちが入り口にまで行くと、そこには誰一人として学生たちの姿が無かったため、私は首を傾げることになる。
『……ん? あれ、他の学生たちがいない?』
『いないってどういうこと?』
『いやまあ、さっきまで、大勢の学生がいて、扉越しにこっちを眺めていたんだけどね。でも、急にいなくなっちゃった』
『へえ、今までいたんだ。知らなかった』
弟が若干驚いていた。
そう、今まで沢山の学生が外から内部の様子をこっそり覗き見していたのだ。
皆こちらを気にして静かにしていたから、私たちからは気づきにくかっただけで。
しかし、どういうわけか、彼ら彼女らは解散していた。
多分、立ち去ったのは私とサイラスの決着が付いた後くらいだろうと予想するが、しかし、不可解だ。
『おかしいな。いつもなら、歓声とか悲鳴とかと一緒に出迎えてくれるのに……。それが無い』
弟も、私の言葉に対して肯く。
『確かに、そうだね。今日は何か用事やイベントでもあったのかな?』
……どうなんだろう。今日は何かあったとか、聞いたことが無いなあ。
まあ、気にしていても仕方がない。
私たちは、修練場を出ると学舎内に向かって歩く。
ヘリアン王子とサフィーア王女が、話し合いに自分たちの部屋を使えばいい、と提案してきたのだ。
どうやら、王族専用の部屋が学園内にはあるらしく、そこでなら心置きなく話が出来るだろうと、王族二人は言っていたのだった。
そのため、私たちとしては有り難く使わせてもらうことにした。
私は道中、隣を歩くヘリアン王子の姿を横目で見つめる。
その度に彼の言葉を思い出した。
――君に恋をしている。
――僕は君のことが好きだ。
その言葉を思い出すたびに、何故か私の体温が上がったような気がしたのだった。
♢♢♢
「――では、諸君。話をしよう。議題は、先ほどの件についてだ」
一人の学生が、神妙な様子でそのように口を開く。
そこには、彼を含めて七人の人間が集まっていたのだった。
彼らの大半は生徒会メンバーだった。
彼らは、集会室のような大部屋をわざわざ借りて、放課後に集まっていたのだった。
その理由は、言うまでもない。
先ほどのレインとヘリアンの会話だ。
二人の話の内容が分かった途端、割と大変なことになったと、その場にいた彼らは、自身の持つ権限を使って学生たちを解散させていたのだった。
「――私は、公平を心がけよう。君たちは、存分に意見を交わしたまえ」
顔の前で両手の指を組んで、そのように言うのはこの場を司会する三年生の『中立』派の男子学生――生徒会長だった。
「それでは、始めてくれ。――『レイン君とヘリアン殿下が結ばれるべきかどうか』。それを今から語ってもらおう」
そう、告げた後、すぐさま一人の手が挙がる。
「そこの君。発言を認めよう。君は、どの派閥だね?」
「俺は『反対』派です、生徒会長」
そのように声を上げたのは、二年生の男子学生だった。
「書記の君。何故、そのように思うのだね?」
「別に、あの二人の関係について悪く言うつもりはありません。恋愛は、誰であっても自由にすべきだ。しかし、この国には身分というものがあります。レイン・メアリクスは次代公爵家当主、そしてヘリアン殿下は次代国王となる身。未来を見るのなら、俺は反対しなければなりません」
「なるほど、では、副会長。君も発言を許可しよう」
「はい、まあ、別に良いんじゃないですかね。そこまで目くじらを立てることではないでしょう。基本的に国王の実子が次の国王になる感じですけど、別に王家の血を引いているなら、誰でも良さそうだとは思いますよ。それこそ、次々代の国王はサフィーア殿下のお子さんがなるとか。まあ、ここにいる僕らが決めるわけではないんですけどね」
「ふむ、君の話は分かった。会計の君はどうだろうか?」
「私は、どちらかと言うと『反対』派でしょうか。学園に在籍中は、自由にして頂いて構いません、と言う意見です。卒業後は……申し訳ありませんが、こればっかりは仕方がないと思います。厳しい考えだとは、思いますが、国を担うことは、自分を犠牲にすることだと思っておりますので」
副会長に続いて、会計の二年の女子学生がそのように意見を述べる。
「なるほど、参考になりますね……」
そのように、呟いたのは、集会室の中にしれっといたコレットだった。
「……? 誰だ、君は? 書記の君、つまみ出してくれ」
「了解です、生徒会長。てか、マジで君、誰だよ……。ここは関係者以外立ち入り禁止だ。扉に張り紙してあっただろう?」
「そんな、御無体な! いやっ、止めてください! お願いです! 記事を書かせて下さい!!」
書記の男子学生に背中を押されて、コレットは集会室を退場することになる。
そして、総勢六人となった。
「ふむ、これでよし」
「……え、俺はいいんですか?」
そのように、若干戸惑うのは、先程レインとヘリアンのやり取りの読唇を行った一年の男子学生だった。
「君はいてくれて構わない。重要な証人だからね」
「はあ、そうですか……」
一年の男子学生は、肩を竦める。
「我々は今後、他の学生たちの反応によっては、ヘリアン殿下とレイン君たちを積極的に守らなければならなくなるだろう。学生を守るのは、我々の役目だ。申し訳ないが、手が足りなくなった時、君に力を借りることになるかもしれない」
「なるほど、分かりました。その時は引き受けさせていただきます」
「ありがとう。すまないね」
生徒会長は、そう言うと、次に庶務である三年の女子学生に声をかける。
「君はどうだろう? 『肯定』派かな? それとも『反対』派かな? 気兼ねなく言ってくれて構わない。今のうちに生徒会メンバーの意見を把握しておきたいんだ。有事の際に、皆の心がバラバラだった場合、上手く団結出来ないからね。だから、今のうちに本音を聞いて、皆の妥協点を探りたい。人は、誰しも心を持っているのだから、理性で分かっていても、どうしても納得出来ない、ということもあるはずだからね」
「んー、そうですねぇ……」
おっとりした雰囲気の庶務の女性が、頬に指を当てて首を傾げる。
そして、こう言った。
「私は、副会長と同じく『肯定』派ですけど、ちょっと違いますねー」
「というと?」
生徒会長が問いかけると、彼女は至極真面目な声音で告げたのだった。
「――男子は男子同士で、女子は女子同士で恋愛すれば、良いと思うんです。それでこの世界から人間だけが淘汰され、挙句の果てに滅んでも、それはただ人間という種が弱かっただけ。皆さん、そうは思いませんか?」
その瞬間、彼女以外の全員に激震が走る。
「い、イレギュラー……ッ!!」
庶務の彼女は『肯定』過激派であったのだった。




