中毒
放課後。
決闘の勝敗は、わずか数瞬で決した。
「――ぐぁっ!! くそっ、降参だッ!!」
ヘリアン王子が力強く叫ぶ。
私は、いつも通り彼の喉元に剣を突きつけていた。
つまり決闘の勝敗は、私の圧勝である。毎度ながら……。
地面に尻餅をついているヘリアン王子を見下ろしながら、私はつい先程までの闘いを思い起こす。
最初の印象の通り、ヘリアン王子は以前より格段に強くなっていた。
その剣筋は、より鋭くなり速さも増している。
けれど、それは別に決闘で私に勝てるほどの強さを身につけたということではない。
言い方は悪いが、あくまでヘリアン王子の技量が大幅に上昇したというだけの話であって、私が圧勝するのは結局相変わらずであった。
「くっ、今回も駄目だったか……」
とても悔しそうな表情のヘリアン王子。
「この日のために一週間騎士団に混ざって、みっちり訓練してきたのに……」
えっ、そんなことしてたのヘリアン王子……? 決闘を楽しみにしすぎじゃない???
ちょっとびっくりしてしまう。
そういえば、ヘリアン王子が賊に拐われることになった理由の一端として、「翌日が決闘の日だったため興奮して眠れず、寝不足のまま登校しようとして馬車を間違えた」という、本当によく分からないものだったと、疲れた表情の父からちらりと聞いていたのを思い出す。
「……レイン・メアリクス、すまないがもう一度手合わせを願えないだろうか?」
そう言って、起き上がったヘリアン王子はすぐさま私に対して再戦を希望してくるのだった。
「……貴様、負けたことを理解しているのか?」
「もちろん理解している。その上でもう一度だけ決闘を受けて欲しい。この通りだ、頼む」
そうして、ヘリアン王子は頭を下げてくる。
え、えぇ……ヘリアン王子……。
こ、これは手遅れすぎる……。
ヘリアン王子は、すっかり決闘中毒者と成り果ててしまっていた。
さすがにこれは危うい。即刻注意しないと。
「貴様は仮にも一国の王子だろうが。剣ばかり振っていないで、勉学に励んだらどうなんだ」
正直、弟やサフィーア王女を見習って欲しい。
真面目に勉強している彼、彼女たちの姿を。
剣術しか取り柄のない国王が誕生することになるなんて私は絶対嫌である。
……というか、ヘリアン王子があまりにもアレすぎて悪役なのに目茶苦茶まともなことを言ってしまったではないか。悪役なのに……。
そう思っていると、ヘリアン王子は真顔で私に告げたのだった。
「座学の授業なら、サフィーアには流石に敵わないが、いつも学年上位の成績だ。何か問題があるのか?」
――なら、よし!!
私は内心、笑顔になった。
文武両道って素晴らしいね。大変結構である。
それに、剣の技量を上げることは別に悪いことではない。
前の時のように襲撃されても、強くなればそのまま撃退することだって出来るかもしれないのだから。
まあ、そんな極端なことをして欲しいというわけではないが、自身を害そうとする相手を退けるくらいの実力はやはりあった方がいいに決まっている。
出来れば、今回の賊のリーダーに余力を残して勝てるくらいの実力を身につけることが出来れば文句はない。
今のところ体感としては、入学試験の教師には苦戦せずに勝てるようにはなったけれど、賊のリーダーにはまあ負けるかな、という感じだ。
ヘリアン王子には、もっと強くなってもらいたい。
なので、気になっていたことを訊く。
「貴様、今までどれほどの頻度で剣の鍛錬をしていた?」
「だいたい毎日だが、指導を受けて行うのは週に三日ほどくらいだ。それがどうかしたのか?」
突然何なんだ、といった表情ながらもヘリアン王子は素直に回答してくる。
さらに詳しく尋ねると、いつも専属の指南役に一、二時間ほど指導を受けているだけで、後は公務の無いわずかな時間を使って一人で鍛錬をしているのだとか。
今回は誘拐事件の影響で一時的に公務が無くなったため、ヘリアン王子はその空いた時間を利用して一日中鍛錬を行うことにしたらしい。
そのため騎士団に混ざって毎日朝から晩まで本格的な訓練を行ったのは彼として初めての経験であったという。
しかし一週間、本格的に訓練しただけでこの上達振り。
これは素晴らしい。どうやら彼は才能に恵まれているようだ。
今後が楽しみである。
「いいだろう、興が乗った。光栄に思え、陸に転がるアザラシ風情が」
彼の未来を祝福しながら、私は気持ちよく再戦を承諾するのだった。




