試練 14
私は、拳を振り上げた。
サイラスを殴りつけるためだ。
彼は許されないことをした。
そのため、どれだけの事情があったとしても、最低限のけじめを彼には必ずとってもらわなければならない。
そう思って、今まさに拳を振り下ろそうとした時、突然私の腕が制止することになる。
――振り返ると、ヘリアン王子が私の腕を両腕で掴んでいたのだった。
「おい、貴様。何をしている?」
「それはこちらの台詞だ! レイン・メアリクスっ……!」
彼は両手で私の腕を必死に掴んでいた。
そのため、びくともしない。
「離せ。こいつは許されないことをした」
「だからって、無抵抗の彼をそのまま殴るのは違うだろう!」
そのように、ヘリアン王子が声を上げる。
――いいや、違わない。
サイラスは報いを受けなければならなかった。
そうしなければならないほどのことを彼はしでかしたのだから。
「ぐうぅっ! 力強い!? こっちは両手なのに……! し、審判! 早く判定を……! これはもう、どこからどう見てもレイン・メアリクスの勝ちだろう!? 早くそう判定してくれ!!」
ヘリアン王子が叫ぶ。
その後、審判役の教師が彼の声に従って慌てた声音で、私の勝利を宣言した。
「ほ、ほら、審判もこう言っているぞ、レイン・メアリクス!? さ、さあ、力を抜いてこの拳を下げるんだ! そして、彼から一旦離れてくれ! 頼むから!!」
ヘリアン王子が悲鳴のような声を上げる。
私は、その言葉により、振り上げた腕の力を抜くことになる。
審判の采配が下った。
なら、もうこれ以上は続けられない。
そのため私は立ち上がり、サイラスから離れることになる。
「あ、あれ……? い、意外とすんなりと従ってくれた……? 何故だ?」
私の行動に困惑するヘリアン王子。
それを見て、私は溜息を吐く。
ルールは、ルールだ。
それは必ず守らなければならない。
「何故、邪魔をした」
私が不満の声を上げると、ヘリアン王子は、「当然だ!」と言葉を返してくる。
「直接暴力を振るうのは、駄目に決まっているだろう!」
「こいつが、何をしたか分かっているだろう」
私はヘリアン王子に語りかける。
決闘でヘリアン王子を一方的に嬲ろうとしていた。
しかも最後は、審判が止めなければ、躊躇なくヘリアン王子に悪意ある攻撃を行なっていただろう。
「こいつは、お前に対して許されないことをした」
「えっ、僕に対して? いや、別に何一つ気にしてないんだが……」
いや、気にして欲しい。
普通なら、怒るべきところなのだ。ここは。
それなのに、ヘリアン王子は、私の言葉に困惑している様子だった。
「レイン・メアリクス、もしかして君は僕のために怒っているのか? それは正直言って嬉しいのだが……やはり暴力は駄目だ。僕は話し合いがしたい」
彼は、私の目をしっかりと見てそう言った。
「もう一度言う。僕は彼と話し合いがしたいんだ。だから、手荒な真似はやめて欲しい。君にはそのようなことを出来る限りさせたくは無いんだ」
そう言って、彼は「頼む」と再度語りかけてくるのだった。
……ヘリアン王子。
私はそれを見て、何も言えなくなる。
ヘリアン王子は、私に語りかけてくる。
「……レイン・メアリクス。僕は君に傷ついて欲しくは無いんだ。君が彼を殴れば、君は必ず傷つくことになる。そのことの方が、僕にはよっぽど怖いんだ……」
だから、怒りを収めて欲しい、と彼は私に懇願してくる。
そして、次に彼は私に告げた。
「本当にすまない、レイン・メアリクス。僕のために怒ってくれて感謝している。――これは僕のわがままでしか無い。僕は、自分よりも君のことが大事なんだ。大切なんだ。だから、この気持ちを蔑ろには出来ない。それは、僕自身を否定することになるから」
ヘリアン王子は、決意を秘めた顔をする。
「――だからどんな手を使っても僕は君を止めてみせるよ、レイン・メアリクス。僕は、大好きな君を悲しませたくはない」
そのように、彼は再び私に想いを告げるのだった。




