試練 13
サイラスは、悟る。
――ああ、どうやら自分では敵わないらしい、と。
徐々に、自分と自分の主との実力の差が開いていく。
どれだけ足掻こうと、自分の才能は主に劣っていた。
このまま戦い続ければ、自身の敗北によって終わるということを理解してしまった。
サイラスの中で悔しい気持ちが湧き上がる。
だが、それ以上に喜びの気持ちが溢れてくる。
目の前の主は、立派に成長してくれた。
それが、今まざまざと実感出来ているのだから。
故に、嬉しい気持ちで一杯だった。
感情が溢れてきて、思わず涙しそうなほどに――
戦いの中でサイラスは、おもむろにヘリアンへと視線を向ける。
――長かった。
そう思う。
サイラスは、剣を交え、ようやく認めた。
ヘリアンこそが、自分の主に『相応しい相手』だと。
だが、今でも心配に思う。
ヘリアンは、心優しい。
それ故に、レインとして振る舞う少女の隣に果たしてこの先、居続けられるのか。
サイラスにとっては、それが気掛かりだった。
メアリクス家は、代々悪役の家系。
そのような役目を務めるようになったのには、そもそも明確な理由がある。
彼らの家は、一番の忠臣であったがために悪役を任された。
それは正しくもあり、間違いでもある。
彼らはかつて、この国にとっての『大罪人』であった。
悪役ではなく、悪そのものだったのだ。
彼らを忌み嫌う者の中には、飼い殺された狂犬と称する者もいる。
今でこそ忠誠高く、大人しいが、いつか、メアリクス家の人間たちはかつての姿を取り戻す日が来るだろうと、信じて疑わない人間もいる。
サイラスも、それについては確信が持てない。
そうならないよう監視を行うのが、自分たちの役目だったからだ。
けれど、可能ならばそうはなって欲しくはないと、彼は思わずにはいられなかった。
今まで双子と過ごしてきた時間を思い出す。
何もかもが、楽しかった。
何もかもが、新鮮だった。
そのような時間が今後も続いてくれれば、自分たちは『幸せ』なのだ。
そして、その幸せな日々を自分たちが敬愛する双子には、愛する人たちと送って欲しい。
だから、そろそろ自分たちがこなす『悪役』は終わりにしよう。
――恋に障害は付きものである。
そして、
――人の恋路を邪魔する者は、馬に蹴られて退場するべきなのだから。
少女の繰り出した鋭い蹴りをサイラスは真正面から受ける。
両腕で防御するように受けたが、完全にはその威力のある蹴りを受け止め切れない。
サイラスは、痛みに歯を食いしばりながら、あえて後方に吹き飛ばされる。
だが、すかさず体勢を立て直して、少女はサイラスに追撃を行ってくる。
その全てが、全身を使った重く鋭い攻撃だ。
サイラスは、さらに防御を行う。
ここに来て回避すらままならなくなった。
気を抜けば、意識を刈り取られるような一撃が嵐のように襲いかかってくるのだ。
しかも、隙を突いて反撃を行えば、瞬時にそれ以上の威力の攻撃を返される。それに対して負けじと反撃すれば、さらに反撃を、とひたすらそれの繰り返しなのだ。
二人は戦う。
片方が力尽きるまで。
拳を。蹴りを。肘を。膝を。投げ技を。関節技を――
そのように攻防が続いていき、そして最終的に二人は地面に両足で立っていなかった。
奇しくも、二人の姿は今朝の戦いと同じような状態となっていた。
サイラスは仰向けで地面に倒れ、彼の主はその上に馬乗りになっている。
互いに玉のような汗を流し、息を切らせていた。
「……悪いが、もう油断はしない……」
「……でしょうね、分かっていますよ……」
サイラスは、諦めたように空を仰ぐ。
少女は、彼に尋ねた。
「……サイラス、何故このようなことをした」
「……何故、ですか。そうですね……」
サイラスは、おもむろな口調で告げる。
「……自分の役目のため、全てを捨てたつもりでした。ですが、どうやら後から一つだけ宝物を拾ってしまったようです。おそらく、そのせいですね……」
「……悪いが、お前が何を言いたいのか分からない」
「……それで良いのです、レイン坊ちゃん。分からない方が良いことも世の中には沢山あるのです。どうか覚えておいて下さい……」
サイラスは、地面に投げ出した腕をおもむろに上げた。
それは、抵抗するためでは無い。
彼は、少女の頬にその手を添えたのだった。
そして、息を整えた後、告げる。
「……そういえば、きちんと告白していませんでしたね。――大好きですよ、レイン坊ちゃん。あなたのことをずっと想っていました」
その言葉を聞いて、少女は嫌そうに顔を歪めた。
「俺は、お前のことが大嫌いだ」
その返事に、サイラスは思わず笑みをこぼしたのだった。
小さく笑う。おかしそうに、楽しそうに。
氷のような無表情の仮面を剥がして、彼は声を上げず笑った。
「……ああ。ああ、そうですか、物の見事に振られましたね」
「そもそも、お前のそれは恋愛的な意味ではないだろうが」
「それも分かっていましたか」
「当たり前だ。それくらい俺でも分かる。それに、お前とは、もう随分と長い付き合いだからな」
そのように少女は、動じることなく言い切る。
そして、声音を低いものへと変えた。
「――サイラス、俺はお前を許さない。理解しているな?」
「ええ、もちろんです」
サイラスは、頷いた。
最初から覚悟は出来ていた。
だから、彼は未だに負けを認めようとはしなかった。
負けを認めれば、すぐさま審判が止めに入ってくるだろうから。
それは、駄目だ。
最後まで自分は悪役を全うしなければならない。やり遂げなければならない。
そうでなければ、今までのことが彼にとって無意味になってしまう。
「――今度こそ決着だ、サイラス」
そして、少女は大きく拳を振り上げた――




