一週間ぶりの学園
ヘリアン王子の誘拐という大事件から一週間が経過した頃、ようやく私は学園に通うことが出来るようになったのだった。
幸いなことに捕らえられた賊は、私が捕まえた者で全員だったらしい。
なので、もう今後襲撃される恐れはないと判断されたのだった。
ちなみに、私が学園に通えるようになるまで本来なら一ヶ月はかかる見通しだったという。
賊への尋問を全て終えるまでにそれだけの時間がかかるという予定であったのだとか。
どうやら、捕らえられた賊は最初皆、貝のように口を固く閉ざして一切の情報を吐くことはなかったのだという。
けれど、早々に賊は口を割ることとなったのだった。
自分たちでは、これ以上の尋問をしても時間を浪費するだけ、そう騎士団は判断して王家を通してある人物に助力を要請したのだ。
その相手とは、まさかのうちの弟である。
ヘリアン王子が誘拐された直後の時のように、メアリクス家に再び要請がきたのだった。
突然来訪した騎士数名に、そのまま連れられていく弟。
そして、その日のうちに賊は皆、知っていることを全て話したのだという。
本当凄いな、弟……。
尋問は全員合わせて二、三時間程度で済んだとのことだった。
弟曰く「特に何もしていないけれど、しいて言えば、姉がお世話になったので挨拶をさせてもらっただけ」であるらしい。
それを聞いて、弟とは絶対に喧嘩をしないようにしよう、と心に誓う。
お互い仲が良いため、生まれてまだ一度も喧嘩をしたことがないし、したいとも思わないが口喧嘩では絶対泣かされる未来しか見えなかった。
とにかく気をつけよう。そう心に刻む。
――とまあ、そういうことで、弟のおかげもあって私は一週間振りに学園に通うことになるのだった。
それにしても、久しぶりだから何だかそわそわしてしまう。
もちろん態度には出さない。あくまで気分までで留めておく。
といっても、そわそわした気分になるだけで、特段何かがあるわけでもないのだけれど。
悲しいことに、私は半年経ってもぼっちのままであった。
相変わらずクラスメイトは話しかけて来ずに、遠巻きに私を眺めているだけの状況である。
以前この状況を打破しようと思い、何度か私から話しかけようとしたこともあったのだが、男女関係なしに時々酷く怯えられてしまったこともあるので、今は積極的に行くことを控えるようにしていた。
……でも、諦め切れないのでまた機会を見て挑戦するつもりである。
ちなみに、教師は積極的にこちらに話しかけてくる。
すれ違う度私に対して、皆にこにこと挨拶をしてくるのだがその目は一切笑っていない。
いつでもお前らを見張っているぞ、という強い意志を感じたのだった。
怖い。最近、問題なんて特に起こしていないのに。
私は気持ちを切り替えるように、違う話題について考えることにした。
それは現状のことである。
……しかし、それにしても何なのだろうなこの状況。
今日はいつもと少し違う気がするけれど。
心の中でそう思う。
教室に入ってそのまま席に着くのだが、ずっと皆、こちらをちらちらと見ているのだ。
明らかに、気になっている。こちらを。
まあ、それも仕方がないだろう。
突然、授業が始まる前に早退して、次登校してきたのは一週間後である。
一体何があったんだ、と思わずにはいられないだろう。
気になる、訊きたい。けれど、訊きづらい。
クラスメイトたちは、おそらくそのような思考になっているのだと思う。
私としては、誰も質問して来ない方が都合が良い。
何しろ、私が早退することになったのはヘリアン王子の誘拐という大事件が起きたからである。
無用な混乱を起こさないため、その事件については秘密裏に事が進められたので、それを素直に説明するわけにはいかなかった。
まあ、おそらくクラスメイトの何名かは自分の家の関係で事情を知っていてもおかしくはないだろうけれど。
……というか、そもそもきちんと説明出来る自信がない。
ねえねえと聞かれたら、反射的に「黙れ、囀るな」と言ってしまいそうで、正直遠巻きに眺められているこの状況は、そう悪くはなかった。
でも、この状況そう悪くはないけれど、少し嫌だとは思う。
なんだろう、この釈然としない気持ち。例えるならば、見世物小屋の檻に入られた珍獣になったような気分である。
ちょっと窮屈な雰囲気だ。
ずっとこの調子のままなら、檻を壊して脱走したい衝動に駆られるかもしれない。少し危険だな。
そう思っていると、教室の扉が音を立てて開いた。
視線をわずかに向けると、そこにはヘリアン王子が立っていた。
一週間振りのヘリアン王子を見て、私はああ、いつもの光景だと安心感に満たされる。
そのまま私に向かって近づいてくるヘリアン王子。
久しぶりだし一言挨拶くらいするべきだろうな、と思い私は椅子から立ち上がる。
しかし、ふと気付く。
――あれ、少し雰囲気変わった? 顔つきというか、何だろうな。以前より頼もしい感じになったような気が……。
そんなことを考えていると、ヘリアン王子が挨拶をしてくる。
「おはよう。一週間振りだな、レイン・メアリクス」
「ああ、そうだな」
「お互い積もる話もあるかどうか分からないが、少なくとも僕にはある。少し耳を傾けてはくれないか?」
「言ってみろ」
「そうだな、率直に言おう。いつも通り放課後に、君と決闘を行いたい。どうか受けてはくれないだろうか?」
本当にいつも通りだった。
私は断る理由もないので、それを了承する。
それに先程から少し気になってはいたのだ。
――なんかヘリアン王子、この一週間でかなり強くなってない?
と、私は彼からそんな印象を受けたのだった。




