雑談 7
――危なかった。
私と弟にとって、年配の秘書の女性はかなりの強敵だった。
何しろ、突然始まった一発芸に対して、私たちは笑いを必死に噛み殺すことになったのだから。
まさか、スプーンとフォークだけであんな発想が次々と出てくるとは思わなかった……。
私たちは、悪役であるため、常に尊大で高慢な態度を取っていなければいけないというのに。
なので、直接笑わせに来るのは、正直に言って卑怯だと思った。
しかも、食事中に、である。
思わず吹き出してしまって粗相でもしてしまえば、悪役としての沽券に関わるところだった。
しかし結果として、私と弟は何とか秘書の女性の猛攻を凌ぎ切ったのだった。
涼しい顔のまま何とかランチを食べ終わったのである。
正直、頑張ったと思った。
自分で自分を褒めてあげたい気分だ。
そして、私たちが必死に笑うのを我慢していたのに、私たちの側に控えるサイラスとマリーは相変わらずの無表情だったので、さすがだと思った。
「……申し訳ありません、学園長。私では力不足だったようです……」
スプーンとフォークをそれぞれ一本ずつ持った状態で、秘書の女性が悲しそうに謝罪する。
自分の一発芸が全くウケなかったと思って落ち込んでいる様子だった。
――そんなことはありません。とても面白かったですよ。ただ、私たちにも立場というものがありますので……。
そのように弁明したくなったが、残念ながらぐっと堪えるしかない。
秘書の女性に学園長は、微笑みながら言った。
「いいえ、助かりました。さすがはモーラさんです。楽しくランチを食べることが出来ました。ありがとうございます」
学園長は、そのようにフォローを入れた。
……確かに、そうだと思う。
笑うのを我慢しながらランチを食べるのに必死だった。
だから、少しの間だけ私たちは悩むのを止めることが出来ていた。
……学園長は、これを狙っていたのだろう。
その手段はかなり強引であるが、感謝すべきだと思った。
でも、秘書の女性に一発芸をさせるのはどうかと思う。
……いや、そういえば別に秘書の女性に無理強いしたわけではなかった。
秘書の女性が勝手にやって自爆しただけだった。もっと別の選択肢もあっただろうに……。
ご愁傷様という他ない。
私たちがランチを食べ終えると、昼休みが終わるまであと十分も残っていないことに気付く。
「それでは、そろそろお開きにしましょうか。今日のランチはとても楽しい一時でした。機会があれば、今後もまた誘っても構いませんか?」
学園長が、そのように言う。
なので、私たちは頷いた。
祖父たちのことを聞けるのは、かなり貴重だと思った。
良ければ、また話を聞きたい。その時は、父や母の話も一緒に聞けたら良いなと思う。確か、二人も祖父たちと同じく同級生だったはずだ。
「お二人とも。ローレン殿、シオドーア殿、それにアーロン殿とナタリー殿にもどうかよろしくお伝え下さい。――ああ、そういえば私が何故、このような時にあなた方をランチにお誘いしたのか、それをまだ言っていませんでしたね」
学園長は、私たちの目をしっかりと見つめる。
そして、言葉を紡ぐ。
「申し訳ありませんが、正直に言って、これと言った理由は特に無いのです。ただ今日のあなた方を見たら、何故か自分の学生時代の頃を思い出しましてね。妙に血が騒ぐと言いますか、年甲斐もなく落ち着いていられなくなったのですよ」
そのように彼は私たちに告げてくる。
「そして、直接言葉を交わして確信しました。ああ、なるほどそういうことでしたか、と――」
学園長は、柔和に微笑む。
そして、そのまま彼は「余計なお節介で大変申し訳ありませんが、一つだけ」と私たちに助言をしてきた。
「ここだけの話ですが、ローレン殿は、卒業式の日にやっと告白の返事をかえした結果、シオドーア殿に頬を思いっきり引っ叩かれ、その後鳩尾を殴られて失神していました。なので、自分の答えを引き伸ばし過ぎるのは些か危険だと思いますよ。もちろんきちんと悩むべき問題だとは思いますが、やはり相手がいる以上は、早めに決断した方が良いでしょう。それはたとえ、今後どのような選択を取ろうとも、です。それだけは言わせて下さいね――」
次に、「そういうことで、どうかあなたたちの武運をお祈りしています」と学園長は静かに目を閉じたのだった。




