雑談 2
私たちは、学園長に連れられて学園長室に入る。
室内は落ち着いた雰囲気のある家具や調度品、照明といったものが備え付けられており、入室者の緊張を和らげることが出来るよう様々な工夫が施されていた。
そして、私たちは柔らかな触り心地のソファーに腰掛けることになる。
「――紅茶です。どうぞ、お二人とも」
そこに声をかけてきたのは、一人の年配の女性だった。
何度かその姿を見たことがある。確か、学園長の秘書だ。
「ありがとうございます。それと一つ頼み事をしても宜しいでしょうか?」
私たちと同じく対面のソファーに腰掛けた学園長は、秘書の年配の女性に声をかける。
その内容は、大食堂に行ってランチを頼んできて欲しいというものだ。
「お二人は、好みの料理はありますか? 遠慮はいりませんよ」
学園長からそう言われて、私たちは無難におすすめの日替わりランチを頼む。
「そちらの従者のお二人はどうですか?」
そう言われて、今まで私たちに無言で付き添っていたサイラスが口を開く。
「お気遣い感謝します。ですが、既に済ませておりますので」
それに対して、マリーも頷いた。
秘書の女性は、笑みを浮かべて「分かりました」と言うと、「それでは行って参ります」と学園長室から立ち去った。
よって、この場にいるのは私と弟、サイラスとマリー、そして学園長の五人となる。
サイラスとマリーは、ソファーに座る私たちの側に待機する。
私と弟は、背筋を伸ばして対面のソファーに座る学園長の言葉を待った。
学園長は、にこにこと柔らかな笑みを浮かべながら、やがて口を開いた。
「時に、ローレン殿は息災でしょうか?」
開幕から私たちは、思わず内心「うわあ……」となってしまう。
ローレン・メアリクス。
それが私たちの祖父の名前だ。
まあ、正直心構えはしていた。
私たちと学園長との共通点なんて、ほぼそこしか無いのだから。
後は……父が学生の時に、今代の学園長も学園で一教師として働いていたことくらいか。
なので、そこら辺から話を広げていくつもりだということは大体予想していた。
そのため、私たちは「やっぱりかあ……」という気持ちになってしまうのだった。
私たちは、とにかく無難な対応を心掛ける。
細心の注意を払いながら、呪いを発動させないように慎重に口を開く。
「はい、祖父は元気で過ごしています」
「そうですね、あまり会う機会はありませんが、送られてくる手紙には、よくそのように書かれています」
私たちは、敬語で答える。
少し口調が固くなるが、仕方ない。
呪いが発動するよりはよっぽどマシだ。
「なるほど、そうですか。隠居しているとは聞いていましたが、元気であるのは大変良いことです。安心しました」
そう言って、さらに笑みを深める。
この反応は……どちらだ?
言葉通りの友好的な笑みか。それとも、負の感情を覆い隠した含みのある笑みなのか。
分からない……。私では判断がつかない。
弟は……あ、弟も分からないみたいだ。
ならば、もう少し様子を観察しなければならない。
「彼は私のことについて、何かあなた方の手紙に書いてはいましたか?」
その問いに私たちは、窮することになる。
ぶっちゃけると、一度もそう言った内容を見たことが無かった。
私たちは、祖父と手紙をやり取りしているが、その頻度は母よりも少ない。
しかも、祖父の書く手紙は正直言うと、かなり事務的な内容である。
要約すると、基本的にいつも「自分たちに課せられたお役目を果たすために精一杯励みなさい」といった内容なのだ。
なので、私たちも「はい、頑張ります! お祖父様もお婆様と共にお体にお気をつけてお過ごし下さい!!」というような返事ばかり返しているのが現状だった。
父いわく、「孫の前では、たとえ手紙であろうと見栄を張りたいんだろう」という話であったが、祖父とはほとんど会ったことが無いので、そのところがよく分かっていない。
祖父と祖母は、王都からそれなりに離れた場所で暮らしているからだ。なので、気軽には会えない。
正直、二人が暮らすのは南の辺境と言ってもいい場所である。
そこで、第二の人生なるものを送っているのだとか。
現地を直接見に行ったことはないが、父の話では、そこで暮らす人々と協力して、様々な野菜や果物、穀物といった植物を改良して、より豊かに実るよう研究を行なっているのだと言う。
なので、隠居かと言われたら、私たちとしては、うーん、となってしまう。
別に、まったりゆったりと田舎で老後を過ごしている、というわけではないしなあ……。
むしろ、アグレッシブである。
何しろ、南の隣国である聖国と合同で研究とか行なっているみたいだし。
あまり王都では話題にならないが、それなりに他国から祖父たちは注目されていたりもした。
なら、スローライフでも無いのでは? と思うかもしれないが、祖父たちとしては「我々が速いのではない。其方らが遅いのだ」というスタンスなので、実質スローライフで合っているのだと言う。あまりよく分からない理論だけれど。
――ああ、話が脱線してしまった。
とにかく、祖父は学園長のことについて一言も手紙に書いたことは無い。
それを正直に言うべきか、私たちは悩むのだった。
『どうする……?』
『どうしようか……』
どの選択肢を選べば、私たちこの時間を無事にやり過ごすことが出来るのだろうか。
そう思案するが、結局正直に言うことに決める。
祖父と競い合ったと言う学園長を前にして、嘘を貫き通す自信が無いからであった。
私たちは、「いいえ」と首を横に振る。
すると、学園長はさらに笑みを深めた。
「……なるほど、奴らしいな――」
学園長が、ちょっと荒い口調に変わったのだった。




