聞き取り 5
ジェシカが放った突然の言葉。
それにより、一瞬場が静まり返ることになった。
皆、固まってしまったのだ。
――え、この人いきなり何を言ってるの?
と。
もちろん私と弟だってそうだ。
開いた口が塞がらないとは、きっとこのことを言うのだろう。
――だって、流石に話が飛躍しすぎている。
何故、ジェシカがそのような考えに至ったのか疑問でならない。
正直、あまりにも突拍子がなさ過ぎて、先程までの緊迫した雰囲気が嘘のように霧散していたのだった。
「……お、おいジェシカ。それ、本気で言っているのか……?」
私がそう思っていると、少ししてから恐る恐るといった様子でハワードがジェシカに尋ねる。
「もちろん、本気ですよハワード。私は、そのように予想を立てました」
対してジェシカは、そう断言した。
彼女の頬は、興奮によりほんのりと紅潮している。
そして、ゆっくりと語り出した。
「確かレイン様は、あの『夜会』の最中、ヘリアン殿下と共にダンスを踊られたはずです。おそらく、そこでヘリアン殿下は、初めて恋という感情に目覚めることとなったのです――」
彼女はどんどん早口になっていった。
「レイン様と接するたび、ヘリアン殿下はご自分の心の中でレイン様をご友人としても好敵手としても扱うことが難しくなっていった――そのように解釈すれば、全て辻褄が合うではありませんか……!」
そのように力説するのだった。
ハワードは、驚きに目を見開いている。
そして、「そ、その根拠は……?」と怯えたように聞く。
すると、ジェシカは真顔で答えた。
「この前、読んだロマンス小説の内容が概ねそのような感じでした」
清々しい態度でジェシカは、そう言い切ったのだった。
そのため私と弟は心の中で「え、えぇ……?」と困惑することになる。
まさか、そこで娯楽小説を引き合いに出されるとは思わなかった……。
ハワードも、唖然とする。
そして、非難の声を上げた。
「お前……! それ、駄目なんだぞっ! 現実と虚構は違うから一緒にするなってことくらい子供だって知ってることだからな!?」
「――ハワード。あなただって、最近似たような娯楽本を何冊も読んでいたではありませんか? 知っているんですよ?」
「はいっ!?」
そこでまさかの反撃を喰らい、ハワードが狼狽る。
ジェシカは、畳み掛けるようにして言った。
「あなたに、私を責める権利はありません。あなたが好んで読む小説のジャンルは決まって、一国の王女と貴族のお嬢様の――」
「ジェシカぁッ!?」
ハワードが悲鳴を上げた。
そして間髪入れずに素早い動きでジェシカに飛びかかったのだった。
そのまま彼女の口を自分の手で無理やり塞ごうとする。
しかし、ジェシカは全力で抵抗する。
「何をするんですかハワード! 邪魔です! 離れて下さい!」
「ふざけるな! 一体何のつもりなんだお前!? 俺まで貶めるつもりかっ!!」
「もちろんです! 私たちは同志! つまりは運命共同体です! 故に墜ちるならば、共に墜ちていくのが私たちの運命であるのだと、最初から決まっています!!」
「決まっていない!!」
ハワードは、叫んだ。
心からの叫びだった。
「お前、本当に大丈夫なのか!? それで良いのか!? このままだと、嫁の貰い手がいなくなるぞ!! 確かお前、婚約者いなかっただろ!?」
「なら、その時はハワードがもらって下さいよ!! あなただって、婚約者いないくせに!!」
「!? いい加減正気に戻れ! 混乱して更にとんでもないこと言ってるぞお前!?」
「私は最初から正気です! 馬鹿にしないで下さい!!」
――いや、先程から何の話をしているんだ、この二人は……。
私と弟は、思わず呆れた目で二人を見ることになってしまう。
何故私たちは、途中からお目付役二人の痴話喧嘩のようなものを見せつけられているのだろうか。訳が分からない。
私は、視線を彷徨わせるような形で、何気なしにコレットの方に視線を移した。
すると、コレットは目をきらきらと輝かせて、二人の醜態を必死になって手にしたメモに書き込んでいる最中だった。
……うん、これもうあれだよね。王族二人について話し合う雰囲気じゃないよね。
私と弟は、そう判断するしかない。
なので、この話し合いはまたの機会にして、私たちはサイラスとマリーを連れて、空き教室から出ることに決める。
私たちが立ち上がっても、三人は私たちに対して一度として目もくれない。完全に、目の前のことに熱中していたのだった。
……仕方ない。こちらから誘った手前ではあるが、お先に帰らせてもらおう。
なので、
――お時間をとらせてしまい、大変失礼しました。それではどうぞ、ごゆっくりお過ごし下さい……。
私は、そのように心の中で呟きながら、三人が残されたままの教室の扉を静かに閉めたのだった。




