カミングアウト 1
「一体何の騒ぎなんだ、これは……」
青年カイが、現在取っ組み合いをしている二人を胡乱な目つきで眺めていた。
「ヴァジムさん、それにテオさん!? それに、あちらの方では先程のお客さんが縛られているし、一体全体何があったんですか……!?」
セリカは、訳が分からないと言った様子で驚いている。
「良いところに来たっ! 二人とも! 今すぐにこいつを引き離してくれ!」
「逃げる気か! そうはさせんぞ!」
取っ組み合いをしている二人が、声を上げる。
それを聞いて、セリカはますます混乱するのだった。
それを見て、カティアは大きく溜息を吐く。
「さあ、何があったのかしらね?」
そして、カイの方に非難のこもった視線を向けた。
「――あなたは、概ねこの現状を理解していると思うけど?」
「え、ちょっ、カ――ではなくて、ティアさん!?」
慌てるサフィーア。
カティアは、驚くべきことに直接的な物言いはしなかったが、明らかに原因の一端はカイにあると、告げていたのだった。
「はあ? 何のことやら、意味が――」
「分からないわけないじゃない。この後に及んで、やることといえばそんな茶番なの? ――本当に呆れたわ」
カティアはカイに侮蔑の表情を向けるのだった。
「ねえ、良い加減やめてくれない? もう飽きて来たわ。この『遊び』はどれだけ本気で遊んでも本当につまらない。凄いわ。こんなことは生まれて初めてよ――」
その言葉には明らかな嫌悪がこもっていた。
「途中までは、あなたの『遊び』に付き合ってあげていたけど、流石に冗談では済まなくなってきているわ。あなたが遊べば遊ぶほどに、大勢の人が苦しむことに繋がる。数え切れないほどの、ね。そんなふざけた遊びに嬉々として付き合えるほど私の趣味は悪くないつもりなの。それに、今日であなたがこの遊びを本当に止めるという保証もどこにも無いのだし――ねえ、悪いけれど、もう終わりにしても良いかしら?」
そう告げる。
カイは、何かを言おうとしたが、すぐに押し黙った。
その顔は、驚くほど無表情だった。
「ええと、正直何もかもが、何が何だか分からない状況なのですが……」
セリカだけが疎外感を感じていたようで、そのように声を上げるが、誰もその言葉に反応しない。
いや、出来ないといった方が正しいか。
――カティアが、この場の雰囲気を支配していたからである。
誰にも喋らせないよう、彼女は雰囲気を操っていた。
店内に広がるのは、心がずしりと重くなり、冷や汗が流れるようなそんな鈍重な雰囲気。
無関係の客たちですら、口を開くことが出来ない。
「これでも、常識人のつもりよ。だから、言わせてもらうわ。――ねえ、それって楽しいの?」
カティアは語りかける。
「私たちは、自業自得だから納得はしている。あなたも似たようなものかもしれないし、気持ちは分からなくはないけれど、どうしても私はあなたの『遊び』を許容出来ない。私たちは、自分を犠牲にし過ぎた。そして、あなた――」
――他人を犠牲にし過ぎている。
「極論を言うと、最悪私たちの罪は私たちだけで償える。けれど、あなたの罪はあなただけでは償えない。それが非常に腹立たしいの。――もしかしたらこれは同族嫌悪に近い感情なのかもしれない。けれど、流石に私であっても気分が悪いわ」
カティアは淡々と言葉を紡ぐ。
しかし、その瞳には激しい感情が揺らめいていた。
「カティアさん……」
サフィーアは、小さく呟く。
目の前の彼女は、まるで我がことのように憤りを表していた。
自分には到底推し量れないその激情を目の当たりにして、何も言えない。何一つ言葉が出てこない。
語り掛けられたカイは、少しの間、思考するように目を瞑った。
そして、目を開けると、視線を取っ組み合う二人に向ける。
「――そう、だな……」
カイの表情には、色が浮かんでいた。
それは、覚悟の色だった。
彼は、重々しく口を開いた。
そして、
「我としては、済まなかったと思っている――」
そう、言葉を続けた。




