知らぬ存ぜぬ
――おそらくなのだが、現在王都では襲撃者たちが大胆に行動している状況らしい。
でも、それを騎士たちがしっかりと食い止めている。
そのため、騒ぎになっていないということだと私は思っていた。
私は、その考えを確信に変えるため、周囲をきょろきょろと見回す。
あ、いた。見つけた。
私は、先程動いていた騎士とは、また別の騎士の人たちの姿を視界に捉える。
そして、彼らをじっと見つめると、騎士たちはこちらを見て「あちゃー」といったような表情を浮かべるのだった。
どうやら、私の推測通りらしい。
彼らは、絶賛非常事態に対処している最中のようである。
そして彼らは、私にバレてしまったためか、身振り手振りを使って私に意思を伝えようとしてくる。
別に、そんなことしないでも口パクしてくれれば、分かるから……。
読唇出来るし……。
とりあえず、騎士たちは口も一緒に動かしていたので、それを読み取ることにする。
えーと、何々……。
――『穏便に済ませたいの』、『みんなには内緒だぞ』、か。なるほど……。
唇を読んでいくと、どうやら上手く事が進んでいるらしい。
今のところ、目立った被害は無く、犠牲も出ていないとか。
それは、凄い。良かった。
私は、内心安堵しながら、了承の意を込めて頷いた。
そして彼らは『最高』、『後で、お菓子あげる』と私に再度意思を伝えてきた。
いや、お菓子って……。何故かは知らないけれど、小さい子供扱いされた……。まあ、くれるなら、もらうけどさ……。
とりあえず、今回は懐柔されることにして、私はサイラスとグラントの方に向き直る。
彼らは、私に対して「分かっている」といった雰囲気で頷いた。
今、私たちが騒げば不要な混乱を招くことになる。
故に、周囲の警戒を行いながらも、私たちはこのまま何も知らない振りを続けるべきだろう。
ヘリアン王子の護衛は、サイラスとグラントにそれとなく行なってもらう。
グラント個人の気持ちとしては、店内にいるテオバルト皇子の安否を今すぐに確かめたいところだと思う。
だが、心配はいらない。店内には何名かの騎士がいた。
それは、今サイラスが伝えてくれるだろう。
私は、そのように考えながら、小型の毒矢を石畳の地面の隙間にぐりぐりと差し込んで、ひとまず手に持っていた確かな証拠を隠蔽する。
「……なあ、レイン・メアリクス。君が今見ていたのは、もしかして騎士たちか? 何だかかなり激しい身振り手振りをしていたが、あれは何だったんだ?」
するとヘリアン王子が、そのように小声で尋ねてきた。
現在、私たちの中で彼だけが、襲撃に気付いていない状況であった。
一瞬、ヘリアン王子にも言うべきかと思ったが、私はその考えを心の中で却下する。
ヘリアン王子は、とても正直な性格をしている。
たとえ表情には出なくても、動きに表れてしまう可能性があった。
相手が手練れであれば、すぐに悟ってしまうだろう。
それは避けたい。
……いや、そんなことは本当のところ、どうでも良いと私は思っていた。
どのような状況であろうと、私が護ってみせる。そのつもりなのだから。
私はただ――ヘリアン王子を心配させたくなかったのだ。
「ただ躍りたい気分になっただけだろう。下らないことだ」
「そうなのか? まあ、日によってはそういう気分になることもあるだろうな」
ヘリアン王子は、私の言葉に何の疑問も抱かずに納得した。
――彼は、とても良い人だ。そして、とても優しい。
多分、彼は私を心から信頼してくれている。
だから、私の言葉に疑問を抱かなかった。
彼は、一度として私に嘘を吐いたことが無いのだろう。
だから、おそらく彼は私が嘘を吐かない人間だと思っている。
けれど、それは違う。
私は嘘吐きだ。おそらく、世界中どこを探してもここまでの大嘘吐きを見つけることは出来ないだろう。
私は、彼と言葉を交わした時から今までずっと嘘を吐き続けている。
彼に対して本音で話したことなど、ほとんどないはずだ。
――ああ、いつか、彼に本音で話せる日が来ればいいのに。
分不相応にも、そのようなことを思ってしまう。
でも、それはとても難しい。
誰よりも、理解していた。
「レイン・メアリクス……?」
「さっさと、方を付けるぞ。そこで見ていろ」
私は、先程までの考えを振り払うようにして、足を踏み出す。
そして、ピエロの男とのパフォーマンス対決に臨んだのだった。




