譲れぬ戦い 14
――『黒』の兵士たちは、動き出す。
地下で少しばかり待機していた兵士たちは、すぐさま行動に移そうと、身構える。
騎士たちにとって、都市下水道からの侵入は盲点だったのだろう。
地下から進んだ『黒』の兵士たちは、何の妨害もないまま『赤』の兵士たちよりも早く、そしてより目的地の近くにまで到達することが出来たのである。
水道の構造からして、この出口は十中八九ラーメン屋の目と鼻の先の位置にある路地裏に繋がっているはずだ。
ならば、地上に上がったら、即座にラーメン屋に突入することが出来る。
これほど、こちらが有利となる立地はないだろう。
「――しかし、先程までの激しい音は何だったんだ……?」
理由は不明だが、ここから離れた後方の場所から断絶的に激しい音がしていた。
推測としては、おそらく水道の古くなっていた箇所が崩落したのだと思われるが、内部で反響してこちらまで響いてくるのだからかなり気が滅入ったのであった。
だが、あの音のおかげで、たとえ水道内部に騎士たちがいたとしても、足音が掻き消えるため、こちらが移動していることに勘付かれることが無くなったというのも事実である。
ただし、地上にいる騎士たちには、崩落した箇所を見て、「もしやここから侵入することも出来るのでは?」と気付かせてしまう要因になってしまったかもしれない。
「ならば、急ぐべきだな」
時間となった以上、もうここに留まる必要はない。
さっさと、任務を再開しよう。
そう考えて、『黒』の兵士たちは、出口である階段を駆け上がる。
地上からラーメン屋に近づくことが出来たのは、四人。
それ以外の兵士たちは、皆地下から進んできた。
もちろん、地下の者たちは全員が同じルートを通ったわけではない。
張り巡らされた水道を利用して、出来る限りラーメン屋の三方から取り囲む形で出口から上がれるように行動したのだった。
ラーメン屋を起点とすると、その東西南に位置する水道の出口に彼らは陣取っていた。
もちろん、方角によってラーメン屋への距離に差異はあるだろう。
そして、体感的に南である自分たちが一番ラーメン屋に近いと、ある『黒』の兵士たちは思っていた。
この国にいる『黒』の兵士の数は、ジュディアスを含めて三十人。
そのうち、六人は騎士たちに捕縛されてしまった。
つまり、残りは二十四人。
そのうちの一人は、今回ジュディアスと共に行動している。
そして、次に四人が地上で機会をうかがい、残りの十八人が六人ずつの班となって地下から進んできたのだった。
手に持つ小型の松明の灯りが、揺れる。
閉ざされた出口は、すぐ目の前。鍵などあっても壊してしまえば、解錠に十秒とかからない。
すぐさま彼らは、地上に出られる。
そのはずだった。
――激しい音と共に、出口の扉が蹴破られる。
――地上からだ。
「なっ!?」
思わず、『黒』の兵士たちは制止することになる。
「お、開いたぜ。どうだ? 名案だったろ?」
「扉を壊すな、馬鹿野郎! 後で、上級騎士の先輩たちにチクるからな!」
「いやいやいや、仕方ないだろうが。そもそも、水道に入るための鍵を持ってない中級騎士の先輩方が悪いんだろ。何で、俺が怒られなければならないんだよ」
そのように口々に文句を言い合う騎士たち。
だが、『黒』の兵士の姿を確認した途端、鋭い殺気を放ってくる。
「……まあ、いい。どうやら、こちらは当たりだったようだな」
「おいおい、ついてるなこりゃあ。上級騎士の先輩方には、怒られずに済みそうだぜ」
「むしろ、褒められるだろうな。命拾いをしたな、ケルヴィン下級騎士」
軽口を叩き合いながら、彼らは抜剣する。
それを見て、『黒』の兵士たちも咄嗟に剣を抜いて構える。
「……何故、ここにいると分かった」
「いや、分からん。分からんかったから、虱潰しに探し回って見つけた。それだけだ」
「時間はかなりかかったがな」と騎士の一人が笑う。
「本当にいるもんだな、こいつら。ネズミみたいだな。もしくは黒い宝石みたいな虫か」
「端から端まで警備した甲斐があったね」
そう言った次の瞬間、彼らは嬉々として次々と階段にいた『黒』の兵士たちに飛び蹴りを繰り出したのだった。
「ちぃっ!」
狭い階段の通路では、避ける隙間もない。
彼らは、蹴り飛ばされてそのまま水道の下まで転がり落ちる。
だが、受け身はしっかりと取っていたため、皆軽傷だ。
「これは、なかなかに手応えのありそうな敵さんだな!」
何事もなく起き上がった『黒』の兵士たちを見て、騎士の一人が喜色の混じった声を上げる。
「ケルヴィン! 合わせろ! 独断専行は許さんぞ!」
「分かってるよ!」
階段を駆け下りた騎士たちが、『黒』の兵士たち正対する。
その数は四人。
対する『黒』の兵士六人。
数では劣っている。
だが、彼らは真っ向から戦うことに長けた騎士たちである。
故に、『黒』の兵士たちは自分たちが不利な状況であると、理解する。
水道内部は、そこまで幅があるわけではない。
そして逃げ道もないのだ。
――つまり、このままでは圧殺される。
『黒』の兵士たちは、すぐさま懐からナイフを引き抜いてそれを投擲する。
擦ればただではすまない強力な毒ナイフだ。
しかし、それを全て騎士たちは剣を振るって撃ち落としたのだった。
「案外やれば出来るもんだな!」
「この程度、出来て当然だろうが、何を言っている!」
それを目視して、『黒』の兵士たちは相手が手練れであることを認識する。
そして、剣を構えながら薄々ながらと自分たちの敗北を悟るのだった。




