譲れぬ戦い 11
「――うおおっ!? 危なっ!?」
「ひえぇっ!! 間一髪!?」
「くうぅっ!? 南無三!!」
現在、実に情けない声を上げながら、『緑』の兵士たちは『青』の兵士たち相手に逃げ回っていた。
王都にいる『緑』の兵士は、三十人ほど。
『青』の兵士に対して数では、優っていたが、しかし彼らは戦闘を不得手としていた。
それもそのはず、『緑』の兵士の使命はあくまで他国で放浪している皇帝を捜索し、捕らえることであるからだ。
そのため、戦いに関しては『青』の兵士に及ばない。
それに『青』の兵士は、全員弓矢を装備しているため、同等の遠距離攻撃の手段を持たない彼らはなす術もなく逃げ回るしかなかった。
要所要所に矢を放ちながら、『青』の兵士たちは、冷静に着々と『緑』の兵士たちを追い詰める。
意気揚々と敵対してきた割に、あっさりと勝負がつきそうな現状に『青』の兵士たちは、半ば拍子抜けしていたのだった。
「結局何だったんだ、こいつらは……?」
「ああ、口程にもなかったな」
思わず軽口さえ叩けるほどの余裕さえ、こちらにはある。
『青』の兵士たちにとって、『緑』の兵士たちは、あまりにも弱すぎたのだった。
「張り合いがなさ過ぎる。こいつら、普段どんな訓練をしているんだ?」
「任務の内容からして、命の取り合いになることはおそらく無いだろうからな。まともに受けていないんだろう」
『青』の兵士たちは、そのように言葉を交わす。
ハノアゼス帝国に所属する『色』の兵士の中でも、『緑』は特殊な立ち位置にあった。
皇帝の捜索隊であるが、その実態はほとんど帝国兵士の中で認知されていない。
そもそも、皇帝に放浪癖があるということを知る者がごく一部しかいないからでもある。
その情報の秘匿性は、帝国の暗部である『黒』の兵士以上であるとも、噂されていた。
「蓋を開けてみれば、腑抜けた奴らの集まりでしかなかったわけか……」
『青』の兵士たちは、そのように判断してさらなる追撃を加える。
さっさと『緑』の兵士を追い払うか、倒すかしてしまおう。
そして、早く『赤』の兵士の援護に向かわなければ。
そう、彼らが考えていた時だった。
屋根の上を駆けていた『青』の兵士の一人が、ふと何かを踏んづけてしまう。
強い粘り気があり、そして高い粘着力があった。
そう、とりもちだった。
「えっ、何だこれは――」
とりもちを踏んづけてしまった『青』の兵士は、慌てて足を動かして、くっついたそれを取ろうとするが、
「っ、取れない!?」
あまりにも強力なとりもちであったため、なかなか引き剥がすことが出来無い。
「おい! 何をしているんだ!」
仲間の様子に気付いたもう一人の『青』の兵士が、身動きの取れないその仲間に駆け寄ると、
「あ、おい! 足元!」
「何? あっ!」
駆け寄った『青』の兵士は、突然自分の脛辺りに違和感を感じることになる。
そう、彼の足に細いワイヤーのような者が引っかかったのだった。
――そして、罠が作動する。
「くっおあっ!? 何だこれは!? くそっ、網か!」
屋根の上に広げられていた網が、跳ね上がり、その『青』の兵士の足腰に無造作に絡みつくのだった。
そして、絡みついた網に足を取られて、勢いよく転倒してしまう。
「ぐぅっ! くそっ! これは何だ!?」
「分からん! いや、まさか――」
とりもちを踏んづけた兵士が、この二つの罠を仕掛けた者が一体誰なのか即座に気付く。
――間違いない、これは『緑』の兵士の仕業だ……!
そして、間髪入れず二人の『青』の兵士目掛けて何かが、投擲されるのだった。
それは、球状に丸めたとりもちだった。
着弾と同時に、強力な粘着性を発揮してさらに『青』の兵士の自由を奪う。
中には、弓に当たったものもあった。
これでは、とりもちが邪魔で矢が撃てない。
しかも、身動きさえ満足に取れないこの状況では――
「形勢逆転というやつだな」
気がつけば、逃げ惑っていた『緑』の兵士たちが、近寄って来ていた。
その手には、各々長い縄と人一人が簡単に入りそうな大きな麻袋を所持している。
「『――狩人は、獲物を追い立てる時、自分に対して仕掛けられた罠には気付かない』」
「『――狩人は狩人であるため、自分こそが獲物なのだということに気付かない。だから、呆気なく狩られてしまう。ああ、可哀想に……』」
「そんな寓話を知っているだろう? 帝国の民なら、子供の頃に誰しも聞いたことがあるはずだ。そうだろう、『青』の兵士諸君?」
『緑』の兵士たちは、謳うようにしてそう言った。
「くそっ『緑』め! 俺たちをはめたな! 今まで逃げ惑っていたのは、仕掛けた罠に誘導するための演技だったのか!」
『青』の兵士は、目の前の『緑』の兵士たちを罵る。
だが、身動きが取れない以上どうすることも出来ない。
対して、『緑』の兵士は鼻で笑う。
「貴様らは、温い。皇帝陛下は、この程度ではなかったぞ。まるで牛のように暴れた。逃げ足は、馬のように速く、狡猾な狼のように我々をじりじりと追い詰めてくる。皇帝陛下を捕縛するには、常に命を賭けねばならなかった。我々にとって、貴様らの追撃は、飯事に等しい」
「観念しろ。眠り薬を使うような手荒な真似はしたくは無いからな」
「皇帝陛下用に調合したものだからな。お前たちに使用した場合、副作用が出るかもしれん。出来れば、使いたく無いものだな? お前たちもそうは思わないか?」
――やはり、こいつら完全に自国の皇帝を人ではなく動物扱いしているのでは?
『青』の兵士は、罵りながらそう確信するのだった。




