譲れぬ戦い 10
「――それは、結局私が手にすることが出来なかった才能です。どれだけ努力しようと、それが才能である以上は、私には縁の無いものだった……」
ルークは、その迫力に思わずたじろぐことになった。
ククゥーリナから初めて向けられた負の感情。
それは、あまりにも激しく濃密で――おぞましかった。
だが、ククゥーリナのその感情は、突如霧散する。
すぐさま、先程までと同じように微笑を浮かべた。
そして、ルークに告げる。
「申し訳ありませんが、あなたには何としてでも、話し合いに応じてもらいます。それと、もう一つ――」
ククゥーリナは、ルークの目をしっかりと見て言った。
「あなたには、今後この国の騎士として働いてもらいます」
「……は?」
突然何を言っているんだ、意味が分からない、とルークは声を上げるが、ククゥーリナは聞いていない。
言葉をかけるルークを無視するように、言葉を続ける。
「大丈夫です、第一騎士団のケルヴィン・ギュンター下級騎士という前例もあります。私が推薦しましょう。協力は惜しみません」
そのように、小さく拳を握って張り切り出す。
「頭、大丈夫なのか、お前……?」
「はい。大丈夫です。いつも以上に、鮮明に物事を感じとれるほどです。とても気分が優れていますよ」
「そう意味じゃ――」
――ない。
そう言おうとした時、ルークは全身が総毛立った。
その一瞬後、舗装された石畳の地面に亀裂が入り、ルークが立つ場所から少し離れた場所の数箇所の地点が、瞬く間に、そして同時に崩れ落ちていったのだった。
「なっ、嘘だろ、おいっ!?」
轟くような大きな音を立てて、地面が激しく沈下し、人が二、三人入れそうな大穴がいくつも空く。
ルークは、周りを見回すように、それらを見て青ざめることになる。
嫌な予感がしたのだ。
目の前のククゥーリナが、その場で片足をおもむろに上げたとき。
そして、彼女がその片足で地面を踏みつけた後、自分の周囲が落盤するかのように崩れ落ちて、いくつもの大穴を空けた。
ルークが、恐る恐る当の本人に視線を向けると、彼女は、あらあらといった様子でその複数の大穴を見つめる。
「偶然、私が地面を踏み締めたタイミングであなたのいる周りの場所にいくつもの大穴が開いてしまいましたね。地下には、おそらく古い都市下水道のようなものが通っていたのでしょう。運が悪ければ、真っ逆さまでした。本当に、ご無事で何よりです」
そのように、他人事のように彼女は、言う。
一方、ルークは愕然としていた。
――まさか、ここまでのことが出来るなんて、と。
それをククゥーリナは、興味深そうに観察する。
「念のため確認させて頂きましたが、どうやら殺意もなく傷つけるつもりも無い行動に対しても、その予測はきちんと働いているようですね。素晴らしいです。しかし、よくよく見てみると、あなたは、あなたのその才能をまるで掌握出来ていないようなご様子。出来ていたなら、すでに私に一撃くらいは入れているでしょうから。ああ、そうですね。――では、不肖ながら、お手伝いさせて頂きましょう」
ククゥーリナは、顔の側で両手を合わせて笑う。
まるで、他者に手を差し伸べる聖女のように。
しかし、ルークにはそれが遊び道具を見つけた悪魔のような、そんな笑みに見えたのだった。
「あなたの才能はアーロン様とほぼ同じか、または似たようなもの。ならば、私がどれだけ攻撃しようと易々と回避することが出来るでしょう。ですが、もちろん、私はあなたを傷つけるつもりはありませんよ。ただ、手助けしたいのです。どのような場面であっても、その才能がきちんと機能してくれるのか、その際限を知りたいとは思いませんか?」
「別に今知りたくねえよ! というか、今、お前何をした!? 一体何をしたら、足踏み一つで地面を崩せるんだよッ!?」
「それは、単純に地面の脆い部分を――」
ルークの言葉に、ククゥーリナは正直に答えようして、ふと突然踏み止まる。
そして、柔和な笑み浮かべながら、厳かな声音で言った。
「――愛の力、だと思います」
「そんな物理的で超常的な愛があってたまるか! くそがっ!」
ルークは、悪態を吐く。
ククゥーリナは、朗らかに小さく笑う。
そして、容赦なく再度片足を上げたのだった。




