譲れぬ戦い 8
赤髪の男は、折れた剣の断面を見て、舌打ちする。
「……一体、何をしやがった」
剣の柄付近、つまりは剣身の根本から完全に折れてしまったそれを赤髪の男は、ぞんざいに放り捨てる。
そして、今まで倒してきた騎士から予備として奪った直剣を構える。
「断面は荒々しかった。斬撃じゃない。つまりは、衝撃――おそらく打撃だ」
赤髪の男は少しばかり考え、そう結論付ける。
目の前の女は、剣を使わなかった。
抜剣術のように、恐ろしく速く斬るようにして反撃したわけではない。
目にも止まらぬ速さで、打撃を剣身の根本に打ち込んだのだ。
「い、いいえ! ち、違います、少尉! 確かに素早い一撃でしたが、我々にはあの女の攻撃が見えていました!」
「あ、何だと……?」
部下の言葉に赤髪の男は、驚きの声を上げる。
そして、他の部下が言葉を繋ぐ。
「お、おそらくは少尉の意識、その知覚外から反撃を行なったのではないかと……」
それを聞いて、赤髪の男は、ぞっとする。
――なるほど、通りで見えなかったわけだ。
認識出来なければ、それは見えていないと同じこと。
視覚で捉えていても、それが攻撃だと気付かなければ、抵抗も出来ない。
そのような自分の無意識の瞬間を女は、狙った。
そしてその事実を知ったことで、赤髪の男の頭の中では、目の前の女がこの場で最も危険な存在であると、警鐘を鳴らすことになる。
「――俺は、一瞬たりとも気を抜いた覚えはないぞ……!」
確かに、目の前の相手の実力を測りかねていたことは事実だ。
しかし、だからといって戦場で気を抜くほど赤髪の男は、未熟でもなければ腑抜けてもいなかった。
赤髪の男が戦慄していると、部下の一人がまた声をかけてくる。
「それだけではありません! あの女の一撃は掌底でしたが、それほど力がこもっているようには見えませんでした!」
確か、それは不可解だ。剣を折るほどの高い威力の一撃を、全く力も込めずに行なうとは。
赤髪の男は、顔を顰める。
「おいおい、御伽噺とかに出てくる魔術師か何かなのか……? それともなんだ? もしかして、お前らもあの『怪物』と同類か……?」
「――いいえ、違いますよ」
赤髪の男たちと相対する華奢な女騎士――ククゥーリナは、きっぱりと否定する。
「あなたの剣はこれまでの戦いでかなりの疲労が蓄積されていました。なので、その部分に少しばかり力を加えただけです」
ただそれだけなのだと、彼女は告白する。
「全てのものには、弱く脆い部分というものが存在します。それを上手に活かせば、小さな力で大きな効果をもたらすことが出来るのです」
「……それを瞬時に見抜いて、そのまま反撃したってのか」
「はい。それに、あなた自身が把握していない意識の外側が、どこにあるのかも手に取るように分かります。ただの応用に過ぎません」
「――ああ、そうか。なるほどな。いかれてるな、お前。普通、無理だろ」
赤髪の男は、まるで子供のように無邪気に笑う。
おかしくておかしくてたまらないといった表情で。
楽しくて楽しくてたまらないといった表情で。
「――最高だな」
そして、再び剣を構える。
「なあ、お前ら。確か、俺らと話し合いがしたいんだよなあ? なら、完膚なきまでに俺たちを負かしてみろよ。その後でなら、考えてやる」
「――その言葉に二言は無いのですね?」
真っ直ぐな目で、ククゥーリナは赤髪の男に言う。
赤髪の男は、愉快そうに喉を鳴らした。
「ああ、良いぜ。俺らに勝てるってなら、やってみろよ」
「気は進みませんが……分かりました。申し訳ありませんが、その通りにさせて頂きたいと思います」
その言葉の後、ククゥーリナの側にいた三人の上級騎士たちが前に進み出る。
それを見て、赤髪の男の部下たちは、互いに声を掛けあった。
「……相手は三人。数はこちらの方が有利だ」
「分かっている。奴らが何か仕掛けてくる前に囲んで倒すぞ」
「少なくとも、あの女よりは弱いはずだ。なら、十分勝機はある」
そして五人の部下たちは、上級騎士たちと相対する。
一方、赤髪の男は、ククゥーリナと真っ向から向かい合うのだった。
まるで、目の前の彼女が自分の獲物であると言わんばかりに。
「……全く、本当に良い部下たちだな。俺は、恵まれてるぜ」
自分の上司の邪魔をしないよう、彼らは他の騎士たちの相手を行なうため率先して動いたのだ。
彼らは、赤髪の男のことをよく理解していた。
そして、心の底から信頼していたのだ。
ならば、彼とてその気持ちに応えなければならない。
「――命令だ、お前ら。俺のために死んでくれ。ただし、俺より先に死ぬことは許さん。以上だ!」
『はっ、ご武運を!』
部下たちが敬礼する。
赤髪の男は苦笑し、そしてククゥーリナに視線を向けた。
「そういえば、名前を名乗っていなかったな。――『赤』の兵士筆頭ルーク・ハユミエット少尉だ。どうか名乗りを上げなかった無礼を許して欲しい」
「第二騎士団団長ククゥーリナ・アグナスです。もちろん構いません。許しましょう。――それでよろしいのですか、そのように名乗っても?」
「構いないさ、そりゃあな」
彼は、濃密な殺気をククゥーリナに向ける。
それは、必殺の意思表示であった。
「なるほど、それならば確かに。愚問でした」
対して、ククゥーリナは殺気どころか闘志も抱かず、ただ慈愛の心で彼と向き合う。
「――その命をもらう。俺のためにも、帝国のためにもな!」
「いいえ、いいえ。誰も命は落とさせません、何があろうと絶対に。私は、皆を守ります。あなた方を含めて――」
そして、二人は激突するのだった。




