譲れぬ戦い 5
「――おそらく、貴様らはこちらの警備を強引に突破する気だろう。だが、それは出来ない。まずは貴様らの相手となるのは第二騎士団だからだ」
ミハイルは、ジュディアスに告げる。
「彼らはその揺るぎない信念により戦闘力こそほとんどないが、しかし敵の足止めや無力化に関しては、他の追随を許さない」
「何故、それをこちらに教える?」
「知ったところで意味はないからだ。――直に、それが分かる」
彼は、おもむろにそう言った。
ジュディアスの部下である女兵士は、内心冷や汗を流す。
剣を突きつけられた状態のまま、それなりの時間が経った。
未だに、自分の首は飛んでいない。
だが、この先どうなるかは分からない。
自分の背後に立つ男が、動かないのは何かを待っているからだ。
でなければ、今頃自分は切り捨てられ、男は上司であるジュディアスと剣を交わしている最中だっただろう。
何しろ、笛の音が鳴った時点で自分は人質としての価値を失ったのだから。
女兵士は、そう考えていた。
――この男は、一体、何を待っている?
女兵士は、思考を巡らせた。
♢♢♢
赤髪の男は、幸福を感じていた。
これほどまでの死闘を、自分は今まで経験したことがない。
激闘の末、終始しつこく話し合いを望んでいた中級騎士を戦闘不能にした彼は、乱れた息を乱暴に吐いて、高らかに笑う。
彼は、代々軍人を輩出している家に生まれた。
しかし、その家は『青』の兵士の家系であったのだ。
彼には、狙撃手としての才能がなかった。
流れる風の向きや強さを読むことが出来ず、「我が家始まって以来の落ちこぼれ」だと称された。
だが、それは間違いだ。
彼の才能は、別にあった。
――君、感情がとても豊かだね。心を無理やり落ち着かせるよりも、吐き出した方が君らしいと私は思うよ。
まだ幼かった第一皇子にそう言われたことは、今でも覚えている。
あれが、自分の中での転換期だった。
――だから、自分の心に従って剣を持ったのだ。
剣ならば、敵の顔がよく見える。
倒すべき相手が、頭の中で強くイメージされる。
どう倒すべきかが、容易に想像出来る。
なら、それを実行に移すだけでいい。
極めて精確な行動予測。
それが、風を読めない代わりに持った自分の才能だった。
流れる汗を乱暴に拭い、赤髪の男は前に進むことに決める。
止まれるはずがない。
何しろ、先程この者たちは自分よりも強い相手がいるのだと言ったのだから。
ならば、戦う以外の選択肢などあるものか。
「――お供します。たとえ地獄だろうと……」
彼の部下たちも覚悟を決めていた。
最終的にどう転ぼうと、自分の上司さえ生きて還すことが出来れば、それでいい。
そのように割り切っていたのだった。
今回は、自分たちの想定を遥かに上回っていた。
内心、小国であるから、と見下していたことは事実。しかし、その実力は本物であり、犠牲を許容しなければ、目的は果たせないことに気付いたのは、あまりにも遅すぎた時だった。
故にその咎を自分たちは、甘んじて受け入れよう。
――帝国の未来のために。
「ああ、悪いな。付き合ってもらうぞ」
赤髪の男は、頷くと思考する。
「――それにしても、聞いていた話と少し違うな」
思ったより、騎士が多いと。
ジュディアスからは、騎士の数は六十人ほどだろうと、言われていた。
仮に多く見積もったとしても、八十人はいかないだろうとも。
だが、現れる騎士たちを見ていれば、この調子だと百は超える勢いだと予想された。
「ラーメン屋には誰がいる……?」
騎士たちは、皇帝と思わしき人物を監視または護衛をしている。
だが、本当に皇帝と思わしき人物だけなのだろうか……?
「情報が足りない。いや、欠けている。これは、ジュディアスにはめられたか?」
赤髪の男は、事前に渡された情報と前日に伝えられた情報を頭の中で整理する。
今回の自分たちの目的は、あくまで皇帝と思わしき人物。
その後、騎士たちが混乱している最中に屋敷にいるであろうテオバルト第三皇子を狙う。
そのような手筈だった。
「それとも、予想外の事態が起きたのか? ――まあ、いい。何だろうとやることは変わらない」
『青』の兵士に目立った動きが無いことも疑問ではあるが、今はいい。
赤髪の男は、前に進む。たとえ更なる困難が待ち受けていようとも。
♢♢♢
「……ああ、とても悲しいことです。争いは未だ止まらないのですね」
可憐で儚い雰囲気を帯びた整った顔立ちの女性は、涙を流す。
その姿は、驚くほど細身ではあるが、しかし、彼女は歴とした騎士の一人だった。
「……申し訳ありません。相手はあの帝国兵士とはいえ、我々が不甲斐ないばかりに……」
「……どうやら、中級騎士の手にも余る様子。上級騎士の我々も出なければならないでしょう」
「いいえ、いいえ。あなた方に罪はありません。誰も悪くは無いのです。ですから――次は、私も出ましょう。これ以上、争い事を続けてはなりません。それにあなた方にも、彼にも、これ以上傷ついて欲しくはありませんから」
涙を拭い、美しく微笑む。
その線の細い女性騎士は、現状を心から悲しんでいた。
なぜなら、人々がきちんと話し合えず、争ってばかりいるからだ。
その現状をどうにか変えなければならない。
自分の手で。
彼女は当然のように、そう考えていた。
第二騎士団の面々は、それを了承した。
彼女が、そのように決断したのなら、自分たちに止める術はない。
――何しろ、第二騎士団の中で最も高い実力を有しているのは、他ならぬ彼女自身なのだから。
「私たちで、この戦いを終わらせましょう。そして、人々に笑顔を取り戻すのです」
『はっ! 了解しました、騎士団長!』
騎士たちは揃って返事を返す。
彼らが付き従うのは、訓練を受けた騎士とは思えないほど華奢で可憐な女性。
――しかし、その正体は話し合いガチ勢代表にして、第二騎士団がこうなってしまったそもそもの元凶。
第二騎士団団長、ククゥーリナ・アグナス。
第二騎士団内では「流石です、我らの尊く素晴らしき騎士団長!」と尊敬され、その反面、第二騎士団以外からは「誰だよ、あの人を騎士団長に選んだ上層部の連中……確かにめちゃくちゃ強いけどさぁ……強いけどさぁ……」と畏怖されている『聖女』が、今ようやく動き出すのだった。




