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無駄な仮定

「――おや、どうやらまたラーメン屋の方でパフォーマンスが始まったようですね」


 ふと、気が付いたと言うように、ジュディアスが声を上げた。


「ああ、本当だな。話に夢中になってしまって、気がつかなかった」


 ミハイルも、ラーメン屋の方に視線を向ける。


「もしかしたら、少し前からパフォーマンスを行なっていたのかもしれないな」

「そうかもしれませんね。あの人の集まり具合からして、先程始めた様子では無さそうです」

「それにしても、今回はここからでも見れそうだな。運良く人垣になっていない」

「集まった人たちがほとんど、きちんとした行列の形になっていますね。何故なのでしょう?」


 二人は、互いに言葉を交わしながら、追加注文したコーヒーを口にする。


「しかし、ここから眺めているのも悪くはないが、やはり間近で見てみたいものだ」

「そうですね。なかなか迫力のあるパフォーマンスをしていますし、近くで見ればかなり見応えがあることでしょう」


 ジュディアスは、ミハイルの言葉に賛同する。


「なら、そうすることにしよう」


 ミハイルは、空になったコーヒーカップをテーブルの上に置く。


 そして、おもむろに席から立ち上がるのだった。


「君たちと過ごした時間はとても楽しかった。またどこかで会う機会があったら、また君たちの話を聞かせて欲しい」

「こちらこそ、楽しいひと時でした。またお会い出来ましたなら、その時はぜひ」


 二人は、互いに笑みを浮かべた。

 そして、握手を交わす。


 それを見ていたジュディアスの部下の女兵士は、内心安堵の気持ちを浮かべながら、会釈する。


 ――どうやら、危機は脱したらしい。


 今から、この場を去ろうとする目の前の男を見ながら、そう考える。


 長い時間であった。

 結果的にこの男は、自分たちを警戒すべき相手ではないと判断したらしい。


 なかなかに疑り深い男であった。

 しかし、長い間自分の上司と会話を重ねたことによって、自分たちに向けていた疑念は、ようやく取り払われた。

 これで、もう自分たちに目が向くことはないだろう。


 後は、機会を見計らって自分たちの仕事を果たすだけだ。


 ――『黒』の女兵士はそう思っていた。


 自分の首筋に冷たい剣身が当てられるまでは。


「――っ!?」

「動くな。声も出すな」


 女兵士の背後から、感情を感じさせない無機質な声音で、ミハイルは告げたのだった。


 そう、立ち去る素振りを見せたのは、あくまで演技である。

 目的は女兵士の背後を取ること。


 女兵士は顔に出すことは無かったが、心の中で安堵していた。

 そのため、完全に無防備な姿を晒したのだった。


「なるほど、これは一本取られた」


 ジュディアスは、表情や声音を元に戻して言う。


 ミハイルは、隠し持っていた剣を女兵士に突きつけながら、目の前の『黒』の兵士二人に告げる。


「貴様らを連行する。大人しくしていれば、危害は加えない。――それとも、今この場で抵抗するか?」

「どうだろうな、今考え中だ。少し待ってくれないか」


 そして、ジュディアスは、自分の部下である女兵士に目を向ける。


「訓練が足らんぞ。もっと精進しろ」


 そう言われた女兵士は、血の気が引く思いであった。


 バレていた。

 いつから……? まさか、最初から?


 女兵士は、あまりの悔しさに唇を噛み締める。


 この男が、剣を突きつける相手に選んだのは自分であった。

 自分が最もこの場で危険な行動を取ると、この男は判断したのだ。


 つまりは、仲間たちに合図を出すための装備を有していることを見破られていたことになる。


 今までの会話は、単なる時間稼ぎに過ぎなかった。


「少しでも不審な素振りを見せれば、この女を斬る。次は貴様だ」


 そして、「この距離なら二人斬り捨てるのに、大した時間はかからない」とミハイルは、冷酷な声音でそう告げた。


「冷たい奴だ。先程まで会話を弾ませた仲だろうに」

「貴様が敵でなければ、友になれただろうな。だが、貴様は敵だ。よって、この会話に意味はない」


 ミハイルは、そう断じる。

 ジュディアスは、肩を竦めた。


「そうだな、分かった。私は何もしない。それが、答えだ。ここにいよう。君たちに捕らえられるまで、一歩たりとも動かないことを誓う」


 ミハイルに対して、ジュディアスは、あっさりとそう断言する。


 そして、平然とした様子でコーヒーをすすった。


 ジュディアスは、ゆっくりとカップをテーブルに置く。

 それから一拍して、彼は告げた。


「ただし、私以外の者に関して責任は負えない。そこは、重々理解して欲しい」


 彼は、ミハイルに対して挑戦的な笑みを浮かべた。


 それと同時に、どこからか甲高い笛の音が鳴り響いたのだった。

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