二人の若き王族
――二人の王族が、メアリクス公爵家に対して初めて興味を持ったのは彼らが丁度十歳になったばかりの頃だった。
双子であるヘリアン第一王子とサフィーア第二王女は当時、共に自国内の貴族について、父である国王から直接学ぶ機会があったのだ。
その時、何故か国王は、唯一メアリクス公爵家についてだけは詳しく教えてはくれず、それに対してヘリアンは不思議に思ったのだった。
「お訊きします、父上。メアリクス家とは、どのような者たちなのでしょうか? 公爵家でありながら、公の場でもあまり姿を見たことがありません」
ヘリアンは国王に尋ねる。
王族として生まれた以上、臣下である貴族のことを知るのは当然の責務である。
彼の質問は、そう考えた結果の行動であった。
「お父様、私も気になります。良ければお教え下さいますか?」
サフィーアも疑問に思っていたらしく、小首を傾げて国王に問う。
それに対して、国王はわずかに逡巡する。
だが、すぐに昔を懐かしむように目を細めて、ヘリアンに告げた。
「――忠臣だよ、我が息子たちよ。彼ら以上にこの国に尽くしてくれている者はおらん。それ以外のことについては……まあ、あと五年ばかり経てば自ずと分かるであろうな――」
そして、もうこれ以上語ることは無いとばかりに、国王は口を閉ざしたのだった。
――それ以来、二人はメアリクス家について少なからず興味を抱くようになった。
父は、あと五年ばかりと言った。
となれば、自分たちが学園に入学するくらいだろうか。
その時、直接自身の目で確かめるといい。
父はそう言いたかったのだろうか。
ヘリアンとサフィーアは内心考える。
ある日、気になって仕方がなかった二人は、メアリクス家について宰相に訊くことにした。
けれど、宰相は国王同様に詳しくは語らない。
他の者も等しく同じだった。
皆一様にメアリクス家に関して固く口を閉ざすばかりで、結局王宮内では誰一人として教えてくれる者はいなかった。
彼らは口を揃えて、ただ一言告げるだけだ。
――「会えば分かる」と。
首を横に振られる度、幼い二人の中で好奇心が段々と膨らんでいく。
――メアリクス家とは、どのような存在なのだろうか。
彼らを知る日が来るのが楽しみだ。
そう思う。
そうして、二人はいつしか学園に通うことを心待ちにするようになったのだった。
♢
十五歳になれば、二人はようやく学園に通うことになる。
その頃になると、二人は幼い頃から磨き上げてきた才能を開花させ、将来を有望視されるようになっていた。
兄のヘリアンは剣の扱いにおいて類まれな才能を発揮し、妹のサフィーアは学問において家庭教師も唸るほどの成績を修めていた。
どちらも同年代では傑出した才能を有している。
故に学園入学の際に行われる『武芸』と『座学』の二種類の試験において、両者共に首席として学園での輝かしい第一歩を飾るだろうと――そう誰もが心の底から信じて疑わなかった。
だが、その予想は覆されることとなる。
想定外の人物たちによって――
♢
「僕が次席だとっ!? そんな馬鹿なっ!」
ヘリアンは驚愕の声を上げた。
「もう一度お聞かせ下さい! 何かの間違いです!」
サフィーアも、信じられないとばかりに目を瞬かせる。
けれど、教師から告げられた結果は先ほどと全く同じものだった。
「……ヘリアン様、サフィーア様。誠に申し訳ありませんが、厳正なる試験の結果あなた方はどちらも次席入学となりました。勿論この結果に嘘偽りはございません……」
年老いた教師は、とても申し訳無さそうな表情で二人に対して謝罪するのだった。
「本来なら、お二方に新入生代表として入学式の際に挨拶を行なって頂く予定でした。ですが、残念ながら入学式の際の挨拶は首席入学を果たした者と規則で決まっているのです。勝手ながら、この点につきましてはご了承下さい」
「それについては別に構わないが、それにしても一体誰が……」
「ええ、お兄様。首席の方々は、一体どのような方々なのでしょう……」
二人は強い衝撃を受ける。
彼らは、自身が有する才能において並々ならぬ自負を持っていた。
自分たちならば、首席入学も間違いないのだと当然のように思っていたのだ。
けれど、その自信は突然の第三者によって見事に打ち砕かれることとなる。
「先生、良ければお聞かせ下さい。首席の二人とは誰なのですか?」
「私も興味があります。良ければ教えて下さいますか?」
二人の質問に対して、渋々と言った表情で教師は答えたのだった。
「じ、実は……その主席とはメアリクス公爵家の双子なのです……。あの――悪名高きメアリクス家の人間がまた、学園に入学してきたのです――」
そして次に年老いた教師は青ざめて、「ああ、悪夢の再来だ……」とうわ言のように漏らすのだった。
メアリクス。
それは、二人が幼い頃から気に掛かっていた貴族の存在だ。
ここに来てその名が出たことに、二人は内心驚きの声を上げる。
そして同時に、二人は教師の言葉に対して疑問を浮かべるのだった。
自分たちよりも優秀な存在であるはずの彼らが、一体全体どうして悪夢呼ばわりされているだろうかと。
その問いについては、入学式当日になって初めて答えが分かることとなる。
そして、何故メアリクス家に対して皆が「会えば分かる」と言っていたのかも――
♢
――そして入学式、当日。
「はい、それでは新入生代表の二人。挨拶をお願いします」
「――武芸首席レイン・メアリクス。先に忠告しておこう。貴様らのような虫けらには粉微塵も興味はない。近づけば、踏み潰す。以上だ」
「――座学首席カティア・メアリクス。あなた方のことは家畜以下だと思っていますので、さっさと豚の餌になるべきだと今日だけで百回思いましたわ。どうぞよろしくお願い致します」
「――えっ、ちょっ、どういうこと……? えっ、えっ……?」
司会進行役の生徒会長の青年が、困惑する。
学生たちはざわつき、教師たちはこぞって白目を剥く。
老齢の学園長だけは「待ってましたよ」と呟いて、にこやかに笑っていた。
メアリクス公爵家とは、どのような存在か。
この瞬間から、二人の若き王族は嫌というほど理解するのだった。