お手伝い 9
時間が経ち、昼の時間帯となった。
その頃になると、大勢の来店者で店内が溢れることになる。
接客の仕事をしている者たちは、今頃大変なことになっているだろう。
何しろ店の外にまで、行列が並んでいるのだから。
私とヘリアン王子は、客引きの仕事を一旦控えることになる。
これほど人がいるのだから、客引きの必要はないとセリカが判断したからだ。
「何だかいつもよりお客さんが多い気がします! ごめんなさい、お二人には列の整理をお願いしたいと思います」
セリカは、それだけ言うと慌てた様子で店内に入っていった。
どうやらかなり忙しいらしい。
大変そうだ。
もしかして、人が増えた理由は、私たちがパフォーマンスをしたからだろうか……?
そのようなことを考えながら、私たちは行列の整理を行なう。
ヘリアン王子が、集まった人たちにちゃんと並ぶよう指示し、私が最後尾に木札を持って立った。
本来ならば、この仕事はサポート兼雑用係であるサイラスとグラントの仕事であったのだが、今は厨房の手が足りないとかで中に引っ込んでしまっている。
――まあ、それならは、構わない。むしろ好都合か。
そう思いながら、私は不動直立の姿勢で木札を持っていると、声がかかる。
「あれ、もしかしてレイさんですか?」
「お、本当じゃねえか。何でラーメン屋の前で木札持って立ってるんだ?」
最近聞いた声だ。私が、声の主たちの元に視線を向ける。
そこには、チンピラたちが立っていた。
列の最後尾付近に来たと言うことは、どうやら彼らはラーメンを食べに来たらしい。
その人数は、六人。
皆、私を見て不思議そうな顔をしていた。
「そのエプロンと三角巾、もしや今、臨時の手伝いとしてこのお店で働いているのでしょうか?」
副リーダーである眼鏡の男が、そう聞いてきたので、私は「そうだ」と頷く。
「ああなんだ、そういうことか。休日なのに仕事とは、精が出るじゃねえか」
そしてチンピラたちが、次々と「お疲れ様」と声をかけてくる。
やっぱり、このチンピラたち優しいなあ。
何で、チンピラなのにこんなにも良い人たち何だろう。よく分からない。
そう思いながら、私は行列に並ぶ人たちに声をかけているヘリアン王子を指差す。
「奴もいるぞ。声をかけて来たらどうだ?」
「お、本当だ。いるな。なら、仕事の邪魔にならない程度に行ってくるか」
「ええ、そうですね。それにしても、まさかリアヘンさんまで働いているとは思いませんでした」
「ああ、確かにな。結構良いところのお坊ちゃんだと思ってたんだけどなあ」
チンピラのリーダーの男は「見た目じゃ分からんもんだなあ」と呟いて、仲間を連れてヘリアン王子のところに向かっていった。
私は彼らの背中を見送る。
……まあ、確かに自国の王子がラーメン屋で働いているとは思わないよねえ。
そう思うと、このラーメン屋って、かなりヤバくない……?
だって、王子だけじゃなく、自国の王女もいるし、何なら隣国の皇子もいる。
おまけに、もしかしたらその隣国の皇帝本人もいるのだ。
やだ、何このお店。魔境じゃん……。
このようなことって、滅多にないと言うか、今後一切起こらないであろう凄く貴重な機会なのでは……?
まあ、ラーメン屋に来た人たちは、そのことに一切気付いていないのだけれども……。
あれ、今思うと、何でこのようなことになったんだっけ……?
あ、そっか。皇帝(仮)に頼まれたからかあ。
そんなことでもない限り、こんな経験ってしないよねえ。
……今思うと、私たちって、かなり場違いな気がしてきた。
そんなことを遠い目で考えながら、私は仕事を行なう。
そして、並んだチンピラたちが店内に入れるようになった頃、ふとあることに気付く。
――あ、そういえば、彼らに弟とサフィーア王女も一緒に働いていることを告げるのを忘れていた。
そう思った次の瞬間、店内から驚きで気が動転して裏声となったチンピラたちの声が、聞こえてくるのだった。
余談だが、ラーメンを食べて店から出てきたチンピラたちの姿は、とても幸せそうだった。
チンピラのリーダーと副リーダーの男二人は、私とヘリアン王子に対して「今後、毎日通うことにする」と力強く告げてきた。
その声音が、妙に真に迫っていたので私とヘリアン王子は「そ、そうか……」といった様子で頷くしかない。
――弟とサフィーア王女がいるの、今日だけなんだけど……。
あまりの迫力に圧倒された私とヘリアン王子は、そう声をかけられず、颯爽と去っていくチンピラたちを見送ることしか出来なかったのだった。




