お手伝い 3
もう少しで、三十分が経つ。
あと一、二分ほどで、ようやく開店の時間だ。
店が開くと同時に私とヘリアン王子は、看板を持って店の外に出ることになっている。
私たちが持つ看板は、店主の娘であるセリカが一つ一つ手作りしたものだった。
湯気が立ったラーメンの絵が描かれており、そこに大きな文字で「美味しい!」、「頬が吹き飛ぶ味!!」と書かれている。
よくよく見てみるも、なかなかに個性的な看板だった。
このラーメン屋以外にも、近くに飲食店があるので、通行人に興味を持ってもらえるよう工夫した結果なのかもしれない。
ヘリアン王子が手に持つ看板にも、可愛いらしい兎のキャラクターの絵と共に「店に来い!!」、「食え!!」と直球な言葉が書かれていた。
「なかなか面白いデザインだ」
ヘリアン王子が、そう言って小さく笑いながら、自分のエプロンを見下ろす。
私たちは、皆エプロンと三角巾をそれぞれ支給されていた。
そして、私たちのエプロンにもそれぞれ、個性的なイラストが描かれていた。
基本、可愛らしいキャラクターやラーメンの絵であり、そして同時に何故か短くインパクトのある言葉が書かれてある。
これがギャップというやつか。
私もヘリアン王子と同意見で、なかなかに面白いセンスだと思った。
「とても上手な絵だし、好ましく思えるよ」
「ふん、今度、肖像画でも描いてもらったらどうだ?」
「それは良い考えだ――あ、いや、待ってほしい。少し考えたくなった」
「そうか、賢明だな」
絵は確かに上手いけど、頼んだら多分ヘリアン王子の頭の横に「アイアム王子様!!」、「偉い!!」とか書かれていそうだな、と思うし。
そんな、他愛もない雑談を小声でしていると、どうやら時間になったらしい。
セリカが、「開店です!!」と声を上げた。
それとほぼ同時に私たちは、入り口の扉を開け、外に出る。
そしてこの瞬間、私たちが受けたラーメン屋の手伝いの仕事が、本格的に開始したのだった。
♢♢♢
「――ようやく始まったか」
第一騎士団の団長であるミハイルは、視線の先にある料理店が無事開店する様子を眺めていた。
彼は変装のため、武器以外の騎士団の装備や制服を身につけず周囲に溶け込んでいた。
一定の時間が経つ毎に、彼は場所を変え、警備を続けていく。
他の騎士たちも同様だ。
時には、服装さえも変えて、彼らは緊急事態に備えるのだ。
彼の目は店の中から、二人の少年が出てきて、客引きを始めたのをはっきりと捉えていた。
一人は、自国の王子。もう一人は、自身が恐れ敬う先輩の息子である。
開店前から、店の前で待機していた客たちに声をかけながら、客引きを行う二人の姿を見て、自然と微笑が込み上げる。
それは、少々風変わりではあるが、平和な日常だ。
同年代の少年少女たちとで過ごす、この日々はいつか、彼らにとってとてもかけがえのないものになるはずだ。
そして、いつものように何事もなければ、彼らはこの平凡で貴重な経験を心から楽しんで終わることが出来るだろう。
そう、何事もなければ――
「……全く。何事もままならないものだ」
しかし、現状がそれを許さない。
ハノアゼス帝国で起こっているいざこざに巻き込まれる形となったロドウェール王国。
つまり、いつ、彼らに危険が及ぶかも分からない状況であった。
そして、皮肉なことに事態を収束に導くことが出来る最有力候補は、他ならぬ彼らであった。
だから、ミハイルは誓うのだ。
――自らの命をかけてでも、彼らの未来を守ろう。
誰が敵であろうと決して、彼らに手出しはさせない。
そして、その思いはミハイルだけではなく、他の騎士たちも同じであった。
第一騎士団の五十名――精鋭中の精鋭たちは、今、ラーメン屋の周囲を変装した状態で警戒している。
そして、第二騎士団の百名が、さらにその周囲を取り囲んでいる状況だ。
本来ならば、この二倍の数を動員したいところであったが、極秘の任務である以上、人数は絞らなければならなかった。
それについては、悔やまれるばかりだ。
「――だが、今回はテオバルト第三皇子殿下がお連れした頼もしい助っ人がいる。万が一の際は、存分に頼らせて頂こう」
それは、ほとんど、いや全くと言っていいほど表舞台に出てこないとある『色』の兵士たち。
そもそも、彼らは限定的な状況下でしか活動せず、平時においては不要と言われるような役割のため組織されおり、現在のところ半ばテオバルトの私兵と化していた。
理由は、テオバルト以外にその兵士たちを上手く扱える者がいないからであり、そして別段戦闘に長けているわけではないからだ。正直、一部の者以外からはあまりその兵士たちの評価は良いとは言い難い。
しかし、今回、憂慮する事態になったなら、彼らが最も活躍してくれることだろう。
「――正直、そうならないことを願うばかりなのだが」
ミハイルは、そう独りごちた。
看板を足の裏でクルクルと器用に蹴り転がした状態のまま、片手で逆立ちをし始めた少年たちを見つめながら――




