コントロール
昼頃になると、弟がマリーと共に屋敷に戻ってくる。
なので、私は戻ってきた弟に対して、父に伝えたことと同じことを伝えた。
「なるほど、そういうことがあったのね」
そして、弟は、私に対して目で意思を伝えてくる。
『お手柄だね。おめでとう』
『うん、でもちょっと面倒なことになっちゃったけどね……』
『まあ、確かにそうだけど、それは正直仕方が無いと思うよ。俺だって、そうすると思うし』
弟が、私に気にしないでと伝えてくる。
『それにしても、ラーメン屋の接客のお手伝いかあ。出来るかな、ちゃんと。だってほら、俺たちって愛想悪いし、本当に大丈夫なのか不安になるなあ。いや、別にやる分には俺としては構わないんだけどさ』
うんまあ、そうだよねー。
私も、父に言われてそう思ってしまった。
サイラスとマリーがいるとはいえ、『夜会』のように何とかなるのだろうか。
いや、もしかしたら難しいかもしれない。
だって『夜会』の時は、準備の期間が一ヶ月もあったのだ。
けれど、今回は三日。色々と心構えをしておくには、少なすぎる時間だ。
『今回は悪役をこなす必要がないのは幸いだけど、うっかりやっちゃったら……』
うん、うっかりやっちゃったら、確実にお客さんと喧嘩かな。
弟は口論で、私は手が出る喧嘩になりそうな気配がする。
そして、そんなことを行えば当然即刻クビである。
別に、ハノアゼス帝国の皇帝らしき男は臨時の手伝いをすることだけを条件として課していた。
なので、一度手伝ったらその条件は満たされたと考えることが出来るが――
『クビになったら間違いなく不和が残るね。これは責任重大だ』
弟は、うわあと嘆息するような顔を一瞬浮かべる。
本当に、何でこのようなことになったんだろう。
本来、私たちはただ皇帝を見つけるだけで良かったのに。
それが、テオバルト皇子からの協力の頼みであり、見つけた後は他の者に全て任せる予定であったのに。
それなのに、何故か一日だけラーメン屋のお手伝いとは……。
おかしいな、私これでも次代公爵家当主なんだけどなあ。
あ、私じゃない弟が、だ。
そもそも私は、いずれカティアに戻る予定である。
弟も、もちろんレインに戻る予定なのだ。
なのに、何故こうも遠回りをしているのだろうか。
そう思うと、何だか溜息を吐きたくなってしまう。
――ああ、もうこの話題は一旦止めよう。際限なくネガティブな気持ちになれる自信がある。
私は、弟にそういえばと尋ねる。
『ねえ、レイン。皇帝(仮)さんが、してた擬態って出来る?』
『うーん、頑張れば出来なくもないけど、正直無理といえば無理かなぁ』
弟は、私の問いかけにそう答えるのだった。
『だって、それってつまり、カメレオンみたいなことしてるんでしょ? 自在に保護色を作り出して、服のように身につけてその都度その都度服の模様を微妙に変えている感じ。多分、その人自分に向けられた視線を全て把握してると思うよ。自分を誰が見て、自分のどこを見ているのか。それが分かるから、各々の相手に合わせて保護色を調節することが出来るんだと思う』
そして、弟はこう結論付けた。
『対象となる相手が少人数で短時間なら、俺でも出来ると思う。でも、そこまで極めるのは正直無理。体を鍛えて無いとすぐに擬態が解けると思うし、習得するにしてもありえないほど労力がかかる。だから、答えとしてはそうなるかな。普通にめちゃくちゃ凄い人だよ、その人。さすがは皇帝だ。……あ、皇帝(仮)だった』
弟は、すぐさま訂正する。
そして、次にこう付け加えた。
『まあ、あれだね。常に他人に一挙一動を見られて過ごしてきたら、それなりに下地が出来ると思うよ。後、他者の目から身を隠したい時とかに使うと便利だよね。今のところそんな予定ないけどさ』
『なるほど。というか、その言葉で、皇帝の可能性がより高まってしまったんだけど』
『でも、まだ(仮)は取れないでしょ。あーあ、テオバルト皇子に確かめてもらえれば、一番手取り早いんだけどなあ』
ただし、それを行なった場合、すぐさまあの皇帝らしき人物が逃亡する可能性も考えなければならない。
『下手に刺激するのを避けた方が良いかもしれないけれど、とにかくもどかしいところだね』
まあ、今はそれについて議論しても意味はないか。
私の話を聞いてすぐに、父は屋敷を出ていった。
今頃は、偉い人たちと話し合っている最中だろう。
なので、私たちは皇帝らしき人物の扱いについてその人たちに全てお任せすることに決める。
そして、私からの話はこれでお終いだ。
次は弟の話を聞くことにしよう。
そう思った時、ふと疑問に思ってしまったので、弟に「ねえ」と尋ねる。
『皇帝(仮)さんがしていた擬態とレインが人前で良く使う技術って同じ? それとも全然違う?』
『大元は同じだけど、細部は全然違うよ。方向性が全く別。むしろ真逆かな? 自分の色を合わせて周囲に溶け込むんじゃなくて、俺のは周囲を自分の色に塗り潰して、こちらが全て正しいと思い込ませるようにしているから。そうすれば、後は何もかも思いのままに操ることが出来る。大抵の人は、だけど』
へえ、凄い……。
私は相槌を打つ。
弟の使う技術は結構、えげつないものだった。




