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接触 5

 ――馬車の停留所に向かうための道中に、私たちの背中から声がかかった。


 私とサイラスは、即座に振り向いて声の主に視線を向けた。


 そこにいたのは、驚くべきことに先程までラーメン屋の店員をしていたハノアゼス帝国の皇帝らしき人物だ。


 どうして、彼がここに――


「何者だ」


 私は、警戒を滲ませた声を上げると、皇帝らしき男は、愉快そうに喉を鳴らす。


「何者だと? まさか我を知らぬことはあるまい?」


 私の問いかけに対して、目の前の相手は堂々とした態度で問いかけで返すのだった。


 いや、まあもちろん分かるけど……。

 でも、確たる証拠があるわけではないしなあ……。

 だから、一応「どちら様ですか?」と聞いたんだけど。


 なので、私は今のところ分からないと伝える。


「さあな。ラーメン屋の店員であることだけは確かだ」

「ふむ、それは確かにそうだ。憶測で短慮を起こさないのは、なかなかに利口であるな狂犬よ」


 そう、褒められる。

 いや、え、これ本当に褒められたの……? よく分からない。


 あと、狂犬は酷いと思う。出来れば私は、可愛らしいにゃんこでありたい。


「それで、何の用だ。仕事はどうした?」

「何、ちょうど休憩時間だ。気にするでない」


 あ、そうなの? じゃあ、私たちの後を追いかけて来ないでそのまま休んでいて欲しかったなあ……。


 内心、そう思いながら私は、今現在すぐさま家に帰りたい気持ちに襲われる。


 だって、わざわざ私たちを追いかけてくるなんて、絶対ろくなことがないだろう。


 でも、このまま皇帝らしき人物を放置して帰った場合

 のリスクを考えると……はあ。


 仕方がないのか……ツライ。


「そなたらに要件を伝えたいところだが、ちと立ち話には向かん。場所を変えるぞ」


 皇帝らしき男は、「ついてまいれ」と言って、私たちに背を見せる。


 それを見た私は、サイラスと頷き合うとその後をついていくことにしたのだった。



 ♢♢♢



「しかし、それにしてもよくぞ我を見つけられたな、そなたら」


 皇帝らしき男は、露店で売られていた氷菓を口にしながら、「見事であった、褒めてつかわす」と私たちに言葉をかけるのだった。


 今現在、私たちがいるのは、中央通りにある公園の一角だ。

 六人席くらいの屋外テーブルに私とサイラスは、皇帝らしき男と向かい合う形で座っていた。


「ふむ、なかなかに美味だ。やはり使われている材料の質がどれも高いな。大変結構なことだ」


 そう言って、ひとり氷菓を楽しんでいる。


「む? どうした、そなたら。さっさと食わねば氷菓が溶けてしまうぞ?」


 そして次に私とサイラスに対して、そのように勧めてきたので、私たちは無言で手の中にある氷菓を口にする。冷たくて甘い。美味しい。


 ちなみに、この氷菓は目の前の皇帝らしき人物から奢ってもらったものである。

 何かいきなり公園に着くと、露店に走っていってその後、私たちに「ほら、食え」と氷菓を手渡してきたのだった。


「どうやら国内であれば、狙った獲物は逃さないというあの噂もあながち嘘ではないらしいな」


 皇帝らしき人物がそう言葉をかけてくる。


 いや、まあほとんど単なる偶然ですけどね、実は……。

 まさか、いきなり見つけられるとは思っていなかった。テオバルト皇子のように長期戦を覚悟していたのに。


 一瞬、そう思ってしまったが、口に出さないことにする。

 どうやら、サイラスも気をつかって黙ってくれているし。


 というか、私たちへの要件って何なのだろうか。

 まだ聞いていない。場所を移した後、ひたすら氷菓を食べているだけだし。


 正直、物凄く帰りたい。


 だって、まだ断定は出来ていないけれど、ほぼ確実に皇帝だもん、この人……。


 今現在、確たる証拠が無いから、ラーメン屋の店員として働いているただの一般人としてこちらとしては扱っているけれど、本当ならばかしこまった態度をとるべきなのだ。

 けれど、私たちは普通に接している。

 なので、冷や汗が物凄いことになっている。こうして今、氷菓を食べて涼んでいるはずなのに。


 とうとう堪え切れ無くなった私は、「それで、要件って何ですか?」と聞く。


「それで要件とは何だ? さっさと言え」


 ――さっさと言えは、余計だよーっ!!


 呪いが発動してしまったせいで、焦りで心臓がばくばくと音を立てる。


 本当にすみません……故意じゃないんです、無意識なんです……。

 未だに緊張すると、制御出来ない。

 少しは克服出来たと思ったのに。


 最悪だ。ツライ……。


 そんな風に私が気落ちしていると、皇帝らしき人物は特に気にした様子もなく、「おお、そうだったな」と声を上げた。


「実は、そなたらに頼みたいことがあるのだ」


 頼みたいことかあ……。嫌な予感しかしない。

 

 ――無理難題でないといいけどなあ……。


 そう思いながら「続けろ」と私が促すと、皇帝らしき男は私たちを見て、こう告げた。


「実は、臨時で店の手伝いをして欲しいのだ」


 ……はい?


 全くもって想定外の頼みであった。

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