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有らぬ噂

 皇帝を見つける方法を考えることにした私たちだったが、それはそれとして――


「レイン・メアリクス? 何故、朝から頻繁にこの教室へ足を運んでいるんだ……?」


 私は翌日登校すると、休み時間のたびにヘリアン王子の教室に向かったのだった。


 もちろん、用心のためだ。


 まだテオバルト皇子が学園に通ってはいないし、昨日襲撃に遭ったばかりで、次襲撃が起きるとしたら、まだ先だと思っているが、やはり念には念を入れておかなければならない。


 一日中ずっと、ヘリアン王子たちに付き沿うことは出来ないが、私としては可能な限り彼らの側にいようと思っていた。


 ――まあ、少しやり過ぎたようだけど……。


 ヘリアン王子のクラスメイトたちの私を見る目が、とても鋭い。


 どうやら、また何かやらかすのではないかと思っているらしい。


 ……少し失敗したな、これ。正直、過保護すぎた。


 一応、サフィーア王女の教室にもちらっと顔を出しているのだが、やはり昨日の出来事のせいで、ヘリアン王子のクラスメイトたちが私をかなり警戒している。


 それと別に、私から話しかけるわけでもなく、ただ彼の近くまで来て顔を見て帰るだけなので、客観的に見ればなかなかの不審者だ。


 そう思っていると、女子学生たちが、ヘリアン王子を見つめる私を見て眼をキラキラと輝かせながら「ほら、やっぱり!」と呟く。


 ……やっぱりって何だ、やっぱりって。


 絶対、有らぬ誤解をしているだろう、これ。

 私はただ、彼らを守りたいだけなのに。


 そのように、溜息を吐きたい気分になっていると、男子学生たちが、「もうお終いだぁ!」と悲壮な表情を浮かべてこちらを見てくる。


 ……だから、違うのに……。あと私、女だから大丈夫だからね。心配はいらない……って、ん、大丈夫……? あれ、何が大丈夫なんだっけ? 心配はいらないって何が?


 駄目だ。自分の中で言い訳していたら、何かよく分からなくなってきた。完全に主語を忘れてしまっている。どんな言い訳をする予定だったっけ。


 そして、毎度足を運んでいると段々と居心地が悪くなってきたので、次からは控えることに決める。


 何度も不審者ムーブを行なって皆を不安にさせるのは、私の本意ではない。


 でも、やはり私としても心配な気持ちがあるので、どうしようかと悩む。


 私の教室からヘリアン王子の教室まで全力で走ったら、二十秒くらいか……。

 サフィーア王女の教室も大体それくらいだしなあ。

 正直、ギリギリかなあ。


 そのように考えを巡らせていると、ヘリアン王子が私に声をかけてくる。


「すまないレイン・メアリクス……その、ずっとこちらを見つめられていると、落ち着かないのだが……」


 ――あ、ごめんなさい、ヘリアン王子。考え事をしていたので、睨む形になってしまいました……。


 心の中で謝りながら、私は視線を逸らす。


「ふん、今回はここまでにしておいてやる」


 自分で言っておいて「何が?」と思いながら、私は踵を返そうとする。

 少し長居してしまったため、さっさと退散しようと思ったからだ。


 すると、すぐにヘリアン王子が、慌てたように声を上げる。


「あ、待ってくれ、レイン・メアリクス! 別に気分を害したわけではないんだ。それに君の行動は僕のためを思ってだということは重々理解している。ただ、そうだな……」


 そう言って、彼は俯いた。

 見たところ、何か言おうとして、言葉が詰まったような感じだ。


 そして、しばらくして彼は声を絞り出すようにしていった。


「……昼休み、君と一緒にランチを食べに行きたいんだが、どうだろうか……?」


 ――? 先程の言葉から、何故ランチのお誘い……?


 ちょっとよく分からない流れだが、しかしなかなかの名案だ。


 ずっと彼らの側にはいられないが、昼休みを一緒に過ごすことが出来れば、私としてもそれなり安心することが出来る。

 可能であれば、サフィーア王女や弟も一緒にいてくれれば、文句無しなのだが。


 私は、その誘いの言葉に対して「ふん、いいだろう。乗ってやる」と返事をする。


「あ、ああ、ありがとう。それでは、昼休みに会おう」

 

 彼の言葉に「ああ」と頷くと、私はこれ以上の長居は無用と立ち去ることにする。


 そして、自分の教室に帰るため、後ろを振り向くと――


「ご機嫌よう、レイン様」


 開いた扉の先の廊下――その場所には、ジェシカ・グランベルが立っていた。

 どうやらちょうど、この教室の前を通りかかったというような様子だ。


 「あ、『夜会』振りだなあ」と思いながら彼女を見ると、何故かハンカチを口元に当てていた。

 そしてそのハンカチが赤く染まっているように見える。


 ――もしかして、鼻血が出たのかな?


 余所見して扉にぶつかってしまったのだろうか。

 でも、扉はすでに開いていたし、この扉って引き戸だから、ぶつかるのはかなり難しいはずだけど……一体どうしたのだろうか? とにかく保健室に行った方がいいと思うけど……。


 そう不思議がっていると、ジェシカは何だか幸せそうな顔をして、にこやかに笑った。


「……なるほど、これはこれで有りですね。大変素晴らしいです」


 ――何が……?


 私に対して挨拶をしてきたのに、何故か会話をしようとする気配が微塵もない。

 ハンカチを口元に当てているので、ややもごもごとくぐもった声で言うものだから、独り言感が半端ではない。


 一体どうなっているのだろうか。


 そう思っていると、ジェシカは「それではこれから保健室に行くので、失礼します」と言って、血塗れたハンカチを口元に当てた状態でありながら、軽やかな足取りで廊下を歩き去っていったのだった。


 ……え、結局何だったの……? 説明無し……!?


 彼女の真意がよく分からないまま、私は途方に暮れるしかなかったのだった。

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