突然の展開
ヘリアン王子に接近した私は壁に右手をついた状態で、目の前の彼に迫った。
私たちを見て、同級生たちが息を飲む音がする。
本当は穏便に尋ねるつもりだったのに。何でこのようなことになったのだろう……。
分かっている、呪いが発動したからだ。
そして、私は何度も心の中で「ごめんなさい」と謝りながら、彼に問いかけたのだった。
対して彼は、瞳に動揺を浮かべながら口を開く。
「か、隠していること……? 何のことを言っているんだレイン・メアリクス……? というか、君、ちょっと顔が……」
「ふん、とぼけるな。この俺の目を欺けると思ったのか、貴様」
私は、もう呪いを抑えるのを諦めてすぐ目の前の彼に声をかける。
とりあえず、今は彼の隠し事を探るのを優先しよう。
だって、もうここから修正するのは不可能だし……。
「いいから、さっさと吐け。それとも何だ? 貴様には、この俺に言えないことでもあるのか? ん?」
「い、いや、そのようなことは何も無いが……」
「なら、正直に吐け。それがこちらへの頼みなら場合によっては、聞いてやらんことも無いぞ?」
「なっ――」
いつものように上から目線の傲慢な態度で私は、彼に問いかける。
すると、ヘリアン王子が驚きの声を見せたのだった。
――よし、食いついた……!
私は内心ほくそ笑む。
先程から余裕のある声音である私だが、実は内心としては切羽詰まっていた。
何を隠そう実は、ヘリアン王子から聞き出したことが、私の思っていた通りなら、もしかしたらそのままの流れで謝罪に移行出来るのではと思っていたからだ。
だから、私は心の中で祈る。
――さあ、この私に話すんだヘリアン王子。
そして少しでもいいから謝らせて下さい。お願いします……!
……というか、本当にヘリアン王子との距離近いな。
勢いで彼に顔を近づけたけれど、今更少し恥ずかしくなってきた……。
そう思いながら、ヘリアン王子を至近距離から見つめていると、彼はしばらく逡巡した後、私に対して「……すまない。言えないんだ」と呟いて目を逸らしたのだった。
……ああ、やはり駄目か。
そして、何か隠していると言うことを先程私は確信したが、ここに来て私たちが関係していると言うこともしっかりと判明した。
なら、後はいつものように決闘をして、無理やり聞き出す形に持っていくか? いや、そんな強引に話を進めるべきでは無いだろう。
誰だって言いたくないことはあるだろうし、当然ヘリアン王子が嫌な思いをしてまで聞き出したいとは思っていない。
ここは一度引いて待つべきだろう。彼がもう大丈夫だと言った時に、再度尋ねることにしよう。そしてそれが悩みであったなら、出来る限り助けになりたいと思う。
私は立ち去るため、「ふん、命払いしたな」と口を開こうとして――
ふと、あることに気付く。
今まで目先のことに集中していて気付かなかったが、先程から私とヘリアン王子を見ていた女子学生たちが、黄色い悲鳴を上げ始めていたのである。
よって、私は困惑することになる。
――え、黄色い悲鳴……? 何で?
と。
正直背後がどうなっているか気になるが、何故か恐ろしい気持ちになってしまい振り返る事が出来ない。
どう言うことだ? 何故、キャーキャーと背中から喜色の声が聞こえてくるんだ。わけが分からない……。
そう思っていると、ヘリアン王子は私が近づきすぎたためか、限界を迎えてしまったらしく、
「すまない、レイン・メアリクス! 少し失礼させてもらうっ!」
ああもう鬱陶しい、と言わんばかりに彼は屈んで壁に向かって伸ばした私の腕をすり抜けたのだった。
あっ――
あっという間の出来事だ。
私が背後からの強い視線の数々に気を取られている隙に、ヘリアン王子は逃走を企てたのだ。
こちらに敵意を向けたわけでは無いから、反応が遅れてしまった。
私は、すかさず反射的に彼に対して手を伸ばそうとして――こちらに向けられた複数の敵意に気付いて、止める。
「――そこまでにしてもらおうか、ミスター・メアリクス」
「――ああ、これ以上君の好き勝手にはさせないぞ、メアリクス殿」
「――あんまりやりすぎは良くないよぉ、メアリクスくぅん」
私に対して敵意を発して近づいて来たのは、ヘリアン王子の男子クラスメイトの三人。
「何の用だ。貴様らには用はない」
私は、ヘリアン王子が廊下へ去っていくのを目で追いながら、彼らに対して声を発する。
「君には無いかもしれないが、我々にはある」
「そうだ、先程からヘリアン殿下が困っていただろう。だから、仲裁させてもらう」
「悪いけどぉ、止めさせてもらうよぉ?」
そして彼らは、扉の前に立つのだった。
「――なるほど、この俺の邪魔をするか」
私を前にして怯まず、ヘリアン王子を庇う男子三人。
そして、彼らの勇敢な姿に感化されたのか、続々と男子生徒たちが私の前に立ちはだかるのだった。
私は、それを見て皆凄く良い人たちだなあ、と思いながら皮肉げな笑みを浮かべる。
「良いだろう。この俺を止めてみるがいい」
――少し遊んでやる。
私はそのように口を動かした。
……つまり現状を端的に説明すると、ちょうど自分の教室に帰ろうとしていた私は、どのような流れか分からないが、勢いと雰囲気で今から走り去ったヘリアン王子を追いかけることになったのだった。




