決着 1
立ち上がった私は、目の前で意識を失っている刺客の男を見下ろす。
先程何度もナイフの柄頭でがつんがつんと叩いたので、さすがにぐったりとしている。
――よし、何とか手間取らずに倒すことが出来た。
良かったと、安堵の息を漏らす。
目の前の彼は相対してみた限り、かなりの実力であった。
そのため、まともにナイフで斬り結ぶのを避けて正解だったと思う。
仮にそうなっていれば、間違いなく倒すのに時間がかかっていただろうから。
それと、もしもこちらの繰り出した足払いさえ難なく対処してみせると言うのなら、さすがに本腰を入れて本気で相手をしなければならないと思っていたのだが、そのまま倒すことが出来たので、本当に良かったと思う。
ちなみに男を倒すのに、かかった時間はわずか一分ほどだ。
あの時、男がすぐさま仕掛けてきてくれて本当に助かった。
仕掛けてくるのが遅かったら、きっとこちらから襲いかかっていただろう。
幸い助けを呼びに行ったマリーは、まだ戻ってきていない。だが、後数十秒もすれば騎士たちを連れて戻ってくるだろう。
――なら、さっさと次の用意を済ませてしまおうか。
そう考え、私は、ナイフをドレスの中に隠す。
そして、すぐさま隠蔽工作を始めることに決めた。
この男を自分が倒したと、他者に思われないようにするため行動を起こすつもりだった。
筋書きはこうだ。
突然、男が私に対して一方的に、掴みかかってきた。
私は抵抗し、男と揉み合いになる。
しかし、その途中で男は、偶然私の足に引っかかって転び、そのまま頭を打って気絶した。
それが、私の考える一連の流れであった。
そう、運良く撃退してしまったという体を取るのである。
そのため少し、いやかなり目の前の彼が間抜けな人間になってしまうが、そこは敗者である彼に目を瞑ってもらうしかない。
申し訳ないとは思う。だが、私たちが元に戻るためには、基本目立ってはいけないのだ。
今回私が、レインではなくカティアとして振る舞っている、と言うことを周囲に露見してしまえば、おそらく――いや、確実に好機の目に晒されることになるだろう。
出来れば、それは避けたい。
何故なら、それは私たちに対して他者から常に目が向けられているということ。
つまり、大勢の者から、監視されているに等しい状態となってしまう。
そうなってしまえば、私たちが今回元に戻るのは、困難を極めることになるのだった。
それに加えて、私たちがたとえ従者たちを撒いても、従者たちが「メアリクスの双子を見なかった?」と他者に聞いたら、「それなら、あっちだよ」と即答されるような、もはや詰んでいるような状態となる可能性も捨てきれない。
――いや、その可能性は大いにあるだろう。
だから私はこの瞬間、この場で「自分たちは、実は『夜会』のために入れ替わっていたのです!」と明かすつもりは毛頭なかったのだった。
マリーが騎士たちを連れてきて、刺客の男を連行したら、すぐに弟と合流して従者たちを撒き、そしてヘリアン王子たちが私たちを見分けた方法を利用して、今度こそ完璧に入れ替わる。
それが今回の作戦だ。
その通りに実行出来るように、今から十分気をつけなければ。
私は、そう考えながら、男から距離を取る。
そして口に手を当てて、自分の姿が酷く驚いている様子に見えるよう調整する。
今の私は非力な一般令嬢だ。
だから、冷静に「よし、こいつちゃんと気絶してるな」と倒れている男の様子をまじまじと観察してはいけないのである。
体を震わせながら、若干混乱し、取り乱した雰囲気になっていれば、それっぽいだろう。
顔を蒼褪めさせられるのなら、そうしたいがそう簡単には自発的には出来ないので今は却下。
――まあ、今はとりあえずこんなものだろう。
私が男に襲いかかられた恐怖(仮)で震えていると、丁度すぐに騎士たちが私の元に駆けつけてきたのだった。
「カティアさん、大丈夫ですか!?」
「おい、嬢ちゃん! 怪我はないかっ!」
バルコニーに現れた騎士は、最初に私が声をかけた通りキースとケルヴィンである。
それに対して私は、彼らの方を見ずに呆然としている表情を作る。
突然、顔の知らない男に襲い掛かられて酷い衝撃を受けて頭が真っ白になっている、というような様子で。
「わ、私……、私……」
次に私は、何とか頑張って目を潤ませる。
彼らには、自分が危ない目に遭うかもしれないと告げていた。
故に相応の覚悟をしていたが、実際に危険な目に遭ってみると、緊張が解けて押さえつけていた恐怖心が湧き上がってきた。
故に、涙がこみ上げてきそうなのを必死に堪えている。
今の私は、おそらく側からみるとそのような姿に見えるのだった。
……よし、いいぞ。今のところ完璧だ。
後は、普通に倒した男を引き取ってもらうのみ。
自分は、気分が優れないと言ってすぐにこの場から離れよう。
そう思っていた。
「くそっ、嬢ちゃんを狙った刺客はどこのどいつだ!? なっ、はあ!? ベンジャン・ハートナー!? 嘘だろ、おい!?」
突然、ケルヴィンが素っ頓狂な声を上げた。
倒れている男を見て、目と口を大きく開いてかつてないほどに驚いている。
え、どうしたの?
というか、もしかして私が倒した彼のこと知ってるの……?
そう思っていると、ケルヴィンは興奮気味に言った。
「何でこいつがここに!? いや、てか、こいつ、イリスタチス王国の騎士団の中で確か一番の実力者だったはずだぞ! まさかこいつに勝ったのか!? ――というかそもそも、何で嬢ちゃん、こいつに襲われて無傷なんだ!?」
――あ、これはちょっと面倒な事態になったかもしれない……。
ケルヴィンの発言で私は、内心冷や汗を流すのだった。




