因縁の対決(仮) 2
「――はっ、選ぶ? 抵抗して捕まるか、大人しく捕まるかのどっちかを? 面白い二択だな、おい!」
目の前の二人に対して、わざと声を荒げながらセオドアは、怒りを沈めて冷静に思考していた。
まずい。非常にまずい、と。
目の前の彼らの実力はおそらく、あのベンジャミンに匹敵するかそれ以上だ。
何しろ、彼らの存在をこの近距離にまで近づかれて初めて自分たちは認識することが出来たのだから。
気配の断ち方が尋常では無い。ゆえに並大抵の力量の持ち主であるはずがない。
そして、その片割れである騎士団長の男に関しては、五年前に、彼の実力をこの目でしっかりと目撃している。
彼は強い。
自分を含めてこの場にいる仲間たちが、同時に彼に挑んだとしても容易に撃退されてしまうだろう。
ミハイル・ラングソンとは、そのような男なのだ。
そして、彼の隣に立つ黒髪の男。
その実力は未知数だ。
だが、ミハイルと並び立つことの出来る実力は当然有しているだろう。
――ああ、くそっ、最悪だ。
セオドアは、思わず内心舌打ちする。
とにかく、あのベンジャミン以上の実力の相手が二人いるということなのだ。
つまり、真正面から戦って勝てる相手では無い。
そんなことをすれば、瞬く間に自分たちは全滅してしまうだろう。
ならば、こちらが取れる選択肢は一つ。
逃走である。
だが、彼らもそれは十分分かっているはず。
よって、易々と通してくれるわけがない。
どうする、とセオドアは思考する。
鍵はもう開いている。
なので、後は牢屋の中にいる頭領の男を連れ出して逃げるだけだ。
そしてジゼロ・カナックという男については、どうしても助けるのは無理だった。
今から鍵を開ける余裕などあるはずがない。残念だが、諦めるしかなかった。
彼女たちが組んだ計画は完全に失敗だ。
自分たちの目標を達成しても、協力者である彼女たちの要望には応えることが出来ないのだから。
だから、今は出来ることを行う。
つまりは頭領の救出という可能性のあることだけを確実に行わなければならない。
だが、それには問題がある。
おそらく逃げる際に頭領の男は抵抗するだろう。
そして、運良く目の前の彼らから逃げ切っても、他の警備の者に見つかる恐れがかなり高い。何故なら、この二人がいるいうことは、自分たちが監獄に侵入したことに気付かれているということなのだから。
無事ここから出るには障害がいくつも有り、つまりかなり絶望的な状況に他ならない。
思わず、笑い出したくなるほどの現状であった。
――しかし、そもそも何故、彼らはここにいるのだろう。
セオドアは疑問を抱く。
第一騎士団は確か、『夜会』の警備にあたっていたはずだ。
なのに、騎士団長がこの場に姿を見せている。訳が分からない。
まさか黒髪の男が無理やり騎士団長をここまで引っ張ってきたとでも言うのだろうか。先程、予感がどうとか言っていた。だが、そのような根拠のないであろう言葉に騎士団長が動くとは思えない。
――もしかして、どこからか情報が漏れたのか……?
だが、それはあり得ないとセオドアは自身の考えを即座に否定する。
常に自分たちは細心の注意を払っていた。
この国に潜伏し始めた当初から、可能な限り自分たちの証拠が出ないように気をつけていた。
なのに、目の前の二人は、まるで自分たちがここに来ると分かっていたような様子であった。
不可解だ。
――もしや、協力者である少女たちがこちらの情報を売った……?
だが、おそらくそれも違うだろう。
自分たちが捕らえられて一番困るのは、彼女たちだ。
互いに利用し合う関係ではあるが、裏切る必要はどこにもない。
そして、セオドアは一つの考えに行き着く。
最悪の考えが。
――彼女たちは失敗した。そして、捕らえられてこちらの情報を話してしまった。
おそらく、それに近い事態になっているのではないかと、セオドアは考えるのだった。
ならば、自分たちは文字通り窮地に立たされていることになる。
協力者には期待出来ない。
頼れるのは自分たちの力だけ。
――ああ、酷いな。酷すぎる。
これほど酷い状況になったのは、五年ぶりだ。
五年前は、頭領が捕らえられ、今回は自分たちが捕らえられることになる。
(そして、俺たち盗賊団は今度こそ完全に滅びる、か……)
――笑えない冗談だ。
セオドアは、こみ上げてきた怒りを押し殺しながら、一歩前に出る。
それを見て、ほう、と黒髪の男が目を細めた。
――ああ、分かっている。分かっているとも。
目の前の二人は、戦って勝てる相手では無い。そんなことは分かっている。
だが、自分たちは戦わなければならない。
逃してもらえないのであれば、誰かが囮になるしかないのだ。
仲間たちが逃げるだけの時間を稼ぐために――
セオドアは、懐からナイフを取り出す。
その刃には、麻痺毒が塗布してあった。
――自分たちは、基本的に戦わない。
盗賊団だからだ。
それは騎士や傭兵の役目だ。
だから、護身用として持ち歩いていたナイフを使うことなど今まで一度もなかった。
盗みに荒事など必要無いのだから、と。
だが、今回はそのようなことを言っている場合ではない。
仲間を、そして頭領を護るために、自分たちは戦う必要があるのだ。
そして、そのあと、ほかの盗賊たちも次々とナイフを取り出す。
自分が捕まっても全く構わないと言う表情で。
彼らは、心の底から思っていた。
自分たちは蟻だ。
――故に、いくら踏み潰されようと頭領さえ無事ならば、いくらでも再起が出来る、と。
最も牢屋の近くにいた二人の仲間を残して、それ以外の盗賊たちは戦う覚悟決めて、目の前の相手を強く睨みつける。
「それがお前たちの答えか」
黒髪の男が問いかける。
「ああ、そうだ。今から第三の選択肢を示してやるよ」
セオドアは獰猛に笑った。
「俺たち盗賊団は――不滅だってな!」
そして、彼らは立ちはだかる二人目掛けて殺到した。




