想定外の想定内
ある日の朝、教室にいると突然サイラスから耳打ちされる。
「レイン坊ちゃん、申し訳ありませんが厩舎まで来てください。詳しくはそちらでお話しさせて頂きます」
そして、有無を言わせず私に同行を求めたのだった。
私は「分かった」と躊躇することなく言われるがまま移動する。
別にサイラスが今から何をしようとしているのかはこれっぽっちも分かっていない。
この従者が、強引に私を連れて行こうとするのはいつものことであるし、別に拒否したい理由も見当たらない。
それに、素直に従わない場合、レッスンで足払いをかけられて転ばされる確率がぐんと上がる。
なので、サイラスからの指示は即座に実行することにしているのだった。ちなみに今では、反射的に体が動くレベルにまで達している状況である。
そんなことを考えていると、私たちはちょうど厩舎に辿り着く。
ここでは、授業や放課後のクラブで使う馬が管理されていた。
サイラスは、ある馬の近くに立つ。
それは、傍目からでも分かるほどよく鍛えられた立派な軍馬だ。
なぜ学園に軍馬がいるのだろう。もしや有事の際に備えているのだろうか。
え、なら今が有事の際ってこと???
そう思っていると、サイラスから地図を手渡される。
私は訝しみながら、それを受け取る。
そしてサイラスからは、「その矢印のところにヘリアン王子がいらっしゃると思いますのでどうかお願いします」と言われてた。
見てみると、場所は王都近郊の森近く。
……えっ、なぜヘリアン王子がこんなところに?
私は疑問を抱く。
そういえば、今朝ヘリアン王子を見てない。
今日は週に一度の決闘の日なのに。
いつもは、朝の時間、教室まで私を訪ねてきて決闘の申込みをしてくるのだった。
けれど、今日は一向にこちらに来る気配がない。
もうすぐチャイムが鳴ってしまう。一体どうしたんだ、珍しいなと思っていたところだった。
「それと、これもお使い下さい」
どこから用意したのか、外套と剣を二本渡された。
外套を身につけ、鞘は抜いてみると紛うことなく真剣だった。模擬戦や催事のために予め刃を潰してあるというものではない。
あからさまに物騒だった。
これから遠出をしているであろうヘリアン王子を迎えに行く雰囲気ではない。
えっ、何なのこれ?
ちゃんと説明してよ。嫌な予感がひしひしとするけれど……。
そう思っていると、サイラスが私に現状を説明し出す。
「今朝、学園に向かう馬車を賊が襲撃し、ヘリアン殿下が拐われました。至急ヘリアン殿下の救出をお願いします」
従者の言葉を聞き、私は頭が痛くなってくる。
え、何で? どうしてそうなったの?
私の思いが顔に出ていたのか、サイラスは補足するように言葉を続ける。
「王家としても、本日賊が襲撃してくることは以前から予想していました。そのため影武者を立てて賊に襲われても問題なく対処出来るよう準備をしていたのです。わざと影武者を攫ってもらい、情報を引き出した後まとめて捕らえる作戦だったとか。そして襲撃時、サフィーア殿下は問題無かったのですが、ヘリアン殿下の方は何故か影武者と入れ替わっていない状況でした。王家も、これはさすがに想定外です。しかも運悪くサフィーア殿下の影武者ではなく、本物のヘリアン殿下を賊はさらっていきました。なので、メアリクス家にも緊急要請が来た次第なのです。――よって時間は一刻を争います」
私も流石に話を十二分に理解した。
了承の意を込めて、強く頷く。
そして、あることをサイラスに尋ねた。
「この地図は、誰から渡された?」
「アーロン様です。ご当主様はこの事態を予想していたのでしょう」
「……だろうな」
一週間前の父とのやりとりを思い出す。
『――近々、殿下が遠出することになっている。その時、迎えに行ってくれないか?』
あの言い様。予想というより、半ば確信に近い。
もしかして以前もこういうことがあったのだろうか。たとえば現国王の学生時代とかに。
だから今回は、いずれ家督を継ぐレイン――つまりは私に託すつもりだったのだろうか。
今はそれが本当にそうなのか分からない。
けれど、おそらくこれもお役目のうちだと言うことだと思う。つまり、そうであるならメアリクス家にとっては、いつも通りのことで別に非常事態でも何でもない。
なら、見事にこなして見せなければならない。
メアリクスとして。
この国の『悪役』として――
私は軍馬に跨ると、サイラスを見下ろす。
そして口端を吊り上げて不敵に笑い、傲慢な態度で彼に告げた。
「命令だ、サイラス。茶でも用意して待っていろ。それと、いつも通り修練場の予約も取っておけ。俺が帰って来た時、決闘の準備がろくに出来ていなかったら、どうなるか分かっているな?」
「――はい。仰せのままに。我が主よ」
サイラスは、私に対して恭しく一礼した。
「どうかご武運を」
「ふん、誰に向かって物を言っている」
「はい、レイン坊ちゃん!」
――違う! 私、カティアっ!!
私は、心中でツッコミを入れながら馬を走らせたのだった。




