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夜会 19

 ――まさか、香りで私だと分かったとは。


 私は、彼の言葉を聞いて納得する。


 視覚では私たち双子を到底見分けることが出来ないと、私たちは自信を持っていた。


 だから、それ以外の五感で見分けたのだろうと、思ったこともあったが、なるほど嗅覚か。


 それなら、確かに簡単に区別が出来てしまう。

 気が付かなかった。


 そして、香りだけならばすぐに自分たちでどうにかすることが出来る。良かった。


 私がそう思っていると、ヘリアン王子が「これが君への回答なのだが、それがどうかしたのだろうか?」と聞いてくる。


 私は、愛想笑いで誤魔化しながら、話題をそらす。


「それにしても、よく覚えていましたね」

「当然だ。君のことなのだから、忘れるわけがないだろう。君との手紙でのやり取りは全て覚えているさ」


 自信たっぷりに彼は言う。


「君に決闘で勝つためには、まずは君のことを知らなければならない。君のことを知れば、自ずと弱点が見えてくるはずだ。そのために、手紙であれこれ聞かせてもらったんだ」

「それはつまり、私の弱みを握りたいと言うことですか?」

「いや、出来れば正々堂々と勝ちたいと思っている。――今思うと、単に君のことが知りたかっただけかもしれないな……」


 段々と声が尻窄みになっていくヘリアン王子。


「えっ、それってどういう……」


 私が尋ねようとすると、ヘリアン王子は「何でもない」と慌てて手を振った。


「今のは無しだ。とにかく気にしないでくれ」


 そう言ってくる。

 私は彼の必死さに思わず頷いたが、それってもしかして私を友達だと思っているから知りたいと思ったということなのだろうか。


 つまり、私はぼっちを卒業した……?


 しかし不思議なことに、そう思うと嬉しいような悲しいような気持ちになってくる。


 何だろう、彼とは友達という関係でいたくないようなそんなよく分からない気持ちだ。


 まさか、まだぼっちでいたいと思っているのだろうか。本当の私は。


 意外な自身の気持ちに、戸惑ってしまう。


 でも、どうしてだか分からない。けれど、それは何だか違う気がするのだった。


 まるでこれは友達のような関係ではなく別の――


「ああ、そういえば僕からも一つ聞きたい。いいだろうか?」


 ヘリアン王子が、半ば強引に話題を変えたことにより、その思考は中断されることになる。


 私は「何でしょうか?」と言葉を返す。


「今の君に対してどう接すればいいのか、実はまだ迷っているんだ。だから、君の意見を聞かせて欲しい」

「……私の意見、ですか」

「ああ、そうだ。良ければ、僕に教えてくれないか?」


 ――私が今、彼にどう接して欲しいか。


 それは心の中で決まっていた。


「ヘリアン殿下、私の名前はカティア・メアリクスです。――だから、どうかカティアとお呼び下さい」

「分かった。今日は君を、カティア君と呼ばせてもらおう」


 その言葉に私は「はい」と表情を崩した。




 ♢♢♢




 ようやく私は、周囲の者たちからカティアと呼ばれることが出来たのだった。


 ダンスの後、ヘリアン王子と言葉を交わしてそれをより強く実感する。


 嬉しかった。幸せだった。


 これほど満ち足りた気持ちになったのは、初めてだ。


 ああ、なんて素晴らしい時間なのだろう。


 だが、私がこのまま何もしなければ、このような時間を二度と過ごすことが無くなってしまうかもしれない。


 残念ながら、私には使命があった。


 私はヘリアン王子と言葉を交わす最中に、あることを思い出し、少し離れた場所で控えていたマリーに懐中時計を見せてくれるよう頼む。


 時間を確認すると、『夜会』が始まってから、大分時間が経っていた。


 ――多分、そろそろかな。


 私はヘリアン王子に「用事を思い出したので失礼します」と声をかけて彼の前から立ち去る。


 まだまだ『夜会』は続く。

 けれど、時間はそれなりに経過した。


 その間、周囲を警戒していたが敵に動きはない。


 なら、そろそろこちらに対して仕掛けてくる頃合いだろう。


 私はそう判断したのだった。


 移動する途中、私たち同様に言葉を交わしていたサフィーア王女と弟のすぐ近くを通る。


 その時に、弟に対して瞬きを行った。


 ――『チョット ジャマモノ ヲ ハイジョ シテクル』。


 弟は頷いた。

 そして、彼もまた私に瞬きで言葉を返してくる。


 ――『コッチ モ サッサト カタヅケル ヨテイ』。


 私は了承の意を込めて頷いた。


 弟もやる気を出していた。

 それはそうだろう。ダンスを踊ったことにより、早く元に戻りたいという気持ちがより強まった。


 だが、まだ問題事が残っている。


 ならば、その面倒事については早期にこなすに限ると、私たちは考えたのだった。


 だから、私たちはこちらから敵に対して仕掛けることにしたのである。


 今回は不測の事態が立て続けに起こった。


 だから、私たちはついに思ってしまったのである。


 ――ああ、もう。まどろっこしいことばかりやってられるか。新しい問題が起きる前に片付けてしまおう、と。


 ここに来て、私たちの忍耐力が限界に達したのだった。


 故に、選んだ手段は防戦ではなく強襲。


 一番の懸念事項は先ほど解決した。

 なら、さっさと次の問題を解決して、そして後は作戦を実行するだけまで持っていこう。


 そう考える。


 ――私たちはいつも受け身のままだった。


 だが、今回は違う。

 それをしかと敵に見せつけてやろう。


 正直、軽率過ぎる思考だと誰もが思うだろう。

 だが、こちらとしてはただ考え無しに仕掛けるわけではない。

 弟と考えた結果、敵が誰で、今どこに紛れているのか大体の目星はつけてある。

 後はこちらの誘いに乗ってくれるようそれとなく挑発するだけだ。

 そして、こちらが垂らした釣り針にかかれば、後は迅速に対処するだけ。


 それと、おそらく父は、私たちがこのように行動するということも予感していると私は思っている。


 確たる証拠は無いが、直感的に、そう思うのだ。


 だから、自分が感じたこの予感を信じて私は行動に移すことにしよう。


 ――さあ、敵はどこまで読んでいるだろうか。


 楽しみだ。出来れば遊び甲斐のある相手だといいのだけれど。


 私はそう思いながら、マリーを連れて敵を誘き出すためのポイントまで向かうのだった。

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