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夜会 17

 ――自分は彼女に、いつも驚かされてばかりだ。


 サフィーアは、目の前の少年の顔をまともに見れずにいた。


 ライバルとして、互いに高め合ってきた仲である凛々しい少女は今、少年の姿をしていた。


 その少年と手を取り合って、今から自分はダンスを踊ることになる。


 そう考えるだけで、頭が真っ白になってしまう。


 先ほど自分は、差し伸べられた少年のその手を慌てて取った。

 しかもその手が、自分よりも大きなものであったため、さらに心が乱れてしまうのだった。


「では、サフィーア殿下。参りましょうか」


 こちらに向かって少年が笑いかけてくる。

 いつもの皮肉げなものとは違う、朗らか微笑だ。


 それを見て、自分の心が思わず跳ねるのをサフィーアは感じた。


 ――ああ、二度目だ。このような気持ちになったのは。


 最初は、あの王都での休日だった。

 彼女の屈託のない笑みを見たとき、自分の心の中で、何かが生まれたのだ。


 それが今、再び明瞭に感じとることが出来る。


 苦しい、けれど心地良い。熱い、でも温かい。

 たとえようにもよく分からない、そんなまとまりがない感情だ。

 しかし、その感情はしっかりとサフィーアの心の中で根付いていた。


 本当にこの気持ちは、一体何なのだろうか。


 最初は、ただの気のせいかと思ったこともあった。

 しかし、二度目ともなれば、流石に自覚する。


 だが、どうして自分はこのような気持ちになるのか。

 それが全く分からないのである。


 目の前の少年の顔が視界に映るたび、その気持ちがどんどんと大きくなっていく。


 その気持ちが際限なく膨らみ続け、やがて自分の心の中から溢れ出してしまうのではないかと思ってしまい、サフィーアは思わず俯くようにして少年から目をそらしたのだった。


 だから、彼女は早々に気付いてしまう。


 目の前の少年は、ダンスに不慣れである、ということに。


 それに気付いたサフィーアは、驚いて顔を上げた。


 対して目の前の少年は、言わずとも分かっている、という風に不貞腐れた表情を見せる。


「――何も言わないでちょうだい。これでもこの一ヶ月間、努力したつもりだから。……今はこれで精一杯なの」


 意外だった。

 あの彼女が、弱音を吐くなんて。


 彼女は、いつも強気で自信に満ち溢れていた。

 その自信の強さは、高い実力によって裏打ちされたものであった。

 だから、彼女がしおらしい態度をとるような機会は一度も訪れないと思っていた。


「勘違いしないで欲しいのだけれど、今回は慣れないことをしたから、こうなっただけ。だから、まだ本気は出してないつもりよ」


 そう、弁明してくる。


 その必死さにサフィーアは「分かりました、本当です」と何度も頷く。


「……なら、いいわ。それと今回あなたとの勝負はお預けね。だって、今の私とあなたとでは、条件が違いすぎるから」


 その言葉を聞いて、サフィーアは「ああ、確かに」と納得する。


 いつもなら、自分たちは勝負を行っていただろう。


 自分たちは、あの約束した時から『遊び』を行なっている。


 今現在、座学のテストのように、ダンスという容易に勝敗を決められる物事を自分たちは行なっているのだから、そうするのが普通だろう。


 けれど、今は事情が少し異なる。


 サフィーアの目の前には、少年の姿をした彼女がいた。

 彼女は男性としてダンスを踊っている。


 ゆえに互いが同じ条件だとは、とてもではないが言えなかった。


「分かりました。なら、今はただダンスを楽しみましょう」

「そうね。そうしたいのだけれど……正直楽しめるほどの余裕は持ち合わせていないの。悪いけれど、危なそうだったらすぐにフォローを頼めるかしら?」


 そう、言ってくる。


 それを聞いて、サフィーアは思わず目を見開く。


 ――彼女から頼られたことなんて今まで一度もなかった。


 初めてだ。

 それが嬉しくてたまらない。


 心がじんわりと温かくなっていく。

 心の底から、喜びの気持ちが湧き上がってくる。


 サフィーアは、目尻を下げ、頬を緩め、少年に告げる。


「はい、喜んで――」


 そして二人は、流れる曲が終わるまで、手を取り合いながら、息を合わせてダンスを行ったのだった。



 ♢♢♢



 『夜会』の会場であるダンスホールにいる大半の参加者たちの視線は今、二組のペアの方に向いていた。


 ヘリアンとカティア。

 サフィーアとレイン。


 誰もが彼らのダンスに目を奪われていた。


 何故なら、その四人のペアが、あまりにもお似合いであると思ったからだ。


 ペアとなっている男女二人は、それぞれ確かそこまで交友があったわけではなかったはずなのに。


 それなのに、息が驚くほどぴったりなのだ。


 彼らのダンスを見ている者の多くは、内心首を傾げる。

 けれど、目の前の光景に対して、そのような疑問は些細なものだ。


 彼らは、四人のダンスを温かな気持ちで見守るのだった。

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