夜会 15
私たちが一度出直そうとすると、それを慌てて目の前の王族二人が止めてきた。
「す、すまない。少し、頭が真っ白になってしまった。まさか君と踊ることになるとは思わなかったから……」
「え、ええ。まさかこのようなことになるとは思わなかったので、少し固まってしまいました。すみません……」
ヘリアン王子とサフィーア王女は私たちに頭を下げてくる。
「――先ほどの返事なのだが、是非僕と踊って欲しい」
「――私もお兄様と同じ気持ちです。どうか私と踊って下さい。お願いします」
そして二人は、神妙な顔をして私たちからの誘いの言葉に対してイエスと答えるのだった。
対して私たちは、「……ほ、本当ですか? とても嬉しいです……」とやや引き気味に言葉を返す。
何だ、どうした。
二人とも、先ほどまで消極的な姿勢を見せていたのに。
やけに今は、積極的な姿勢だ。
――いや、違う。これ、あれだ。半ば自棄な感じだ。
だって、二人の目が妙に据わっているもん。
よし覚悟を決めたぞ、みたいな顔をしているもん。
そんなに嫌だったのか……私たちとダンスを踊るのが。
ちょっと悲しい気持ちになるが、まあ何にせよ二人はやる気を見せている。
ならば、私たちもそのやる気に応えなければならない。
「では、サフィーア殿下。参りましょうか」
「ヘリアン殿下、どうかお手柔らかにお願いしますね」
私たちは、手を取り合い、会場の中央まで進み出る。
私たち双子は目の前の王族二人に微笑みかける。
そして、私たち四人は会場内を包む音色に身を任せるのだった。
♢♢♢
ヘリアンは、目の前の少女に視線を向ける。
手を取り合い、ゆったりとしたテンポの音楽の中で共に踊るその少女は、自分がライバルであり、友人であると思っている少年だ。
――レイン・メアリクス。
それが彼の名前であり、今後一生ヘリアンの中で忘れることが出来ない存在である。
彼はプライドが高く、常に傲慢な言動をとっていた。
決して冗談を言うような性格ではなく、張り詰めた雰囲気をまとい、他者を安易に寄せ付けようとしない性格の持ち主であった。
だからこそ、ヘリアンは目の前の光景が信じられないのだ。
今現在、自分は夢を見ているのかと何度も疑った。
彼の姿を見た後、思わず手の甲をつねってみたり、限界まで息を止めてみたりと、様々な方法を試してこれが現実なのだとようやく実感したのである。
ああ、今目の前にいる少女は、紛れもなくあの少年――レイン・メアリクスなのだと。
彼が、何故このような格好をしているのかは分からない。
彼は自分から勧んでドレスを着ることなどないはずだ。
なのに、こうしてレインは、少女の姿をしているのである。
ヘリアンから見て、本当に、レイン・メアリクスとカティア・メアリクスはそっくりだった。
その顔は瓜二つと言ってもいい。
最初、遠くから一目見た時、まるで区別がつかなかった。
しかし、自分たちの近くまで二人が来ると、彼ら互いの姿が入れ替わっていることに気づき、ヘリアンはサフィーアと共に揃って仰天したのである。
――あの二人が、このような冗談染みたことをしでかすなんて、と。
今まで見てきた二人の人物像からは、到底想像出来ない所業であった。
だが、すぐに思い直す。
この二人が、ただのおふざけ染みた行為をするはずがない。
何か理由があるはずだ。
そう思って理由を尋ねると「後日教える」と回答をもらう。
やはり、そうだった。
それを聞いて、ヘリアンは内心ほっとしたのだった。
――良かった、双子揃って新しい扉を開いたわけではなくて。
サフィーアも、安堵していた。
彼女もまた「二人には何か深いわけがあるはずだ」と信じて疑わなかったのである。
二人には性別を偽らなければならない理由がある。
それが分かったことにより、ヘリアンたちはメアリクス家の双子に対していつも通り接しようと考えた。
――けれど、どうしかそれが出来なかったのだ。
二人の中に生じた違和感が、なかなか拭うことが出来なかったからである。
少女のように振る舞う、レイン。
少年のように振る舞う、カティア。
真逆の存在となった二人を見たことによって受けた衝撃は途轍もない。
目の前の彼は、まるで少女のようにヘリアンに対して、可憐に笑いかけながら挨拶をしてくる。
――彼ならば、絶対にしないような笑みだ。
だから、最初は戸惑った。
まるで別人のように思えてしまって。
けれど、二人と別れた後、どうしてかその笑みが脳裏に焼き付いて離れなかった。
何故だ。何故こうも気になってしまう。
ただ彼は、少女を演じているに過ぎないはずなのに。
ヘリアンは自問自答する。
そして、自分が冷静ではないことに気が付いた。
――ああ、錯乱しているのか……彼を見て。
全く予期していなかったことが起こり、脳が処理出来ていない。
だから、一旦落ち着こうとして、繰り返し深呼吸をする。
けれど、どうしても心が落ち着かない。
彼の姿を思い出して、心がざわついてしまうのである。
どうやら隣にいたサフィーアも同じ状態であったらしい。
彼女の場合、ヘリアンほど酷くは無かったが、その瞳は動揺で大きく揺れていた。
そして無意識に、二人は挨拶を終えて立ち去った彼らの後ろ姿をずっと目で追っていたのだった。
何故、自分たちがこんなにも彼らの姿に釘付けとなっているのか、その理由に気付かずに――




