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夜会 10

 ――ああ、これは少し厄介なことになった。


 私は、内心そう思う。


 目の前の彼女――ジェシカ・グランベルは、私に対して警戒心を抱いていたのだった。


 理由は分からない。警戒心を抱かせるような素振りをした覚えは一切ないはずだけれど。


 何か誤解しているのだろうか。

 けれど、今現在彼女は私に対して鋭い視線を向けている。少なくとも、それは明らかな事実だ。


 次から次へと問題が起きてくる。

 一筋縄ではいかないと思っていたがなかなか険しい道のりだ。泣きたくなってくる。

 しかし、嘆いていては仕方がない。考えよう。


 ――さあ、どうやって彼女のその警戒心を解きほぐそうか。


 そう、私は思案する。


 彼女に『夜会』中、ずっと見張られるのは避けたい。

 警備の面でも、私たちの作戦の面でも。


 有事の際に彼女が近くにいれば、巻き込んでしまう恐れがあるし、それに何より見張られていると作戦が実行出来ない。


 弟ならば、彼女を難なく説き伏せることが出来るだろうけれど、生憎私は弟ではない。


 正直かなり困難だが、やるしかないか……。


 私は、にこりと笑って口を開く。


「何故、そうお思いになったのでしょう? 理由を是非お聞かせ願ってもよろしいでしょうか?」

「はい、別に構いませんよ」


 私の言葉に、ジェシカはあっさりと了承する。

 そして、


「あなたが、メアリクス家の人間であるからです。あなた方のような存在が、何の理由もなくこのような公の場に姿を現すはずがありませんから」


 遠慮なく私に対してそう告げたのだった。


「……理由はそれだけですか?」


 対して、私は困惑することになる。


「はい、それだけです。他に理由は必要ですか?」


 ジェシカはきっぱり断言したのだった。


 あまりの清々しさに、私は二の句が告げないでいた。


 え、嘘、本当にそれだけの理由で私に声をかけてきたの……? な、なるほど……。


 私は、拍子抜けしてしまう。

 何か、具体的な理由があると思っていた。


 けれど、彼女は私がメアリクス家の人間だから、疑ったのだという。


 確かに、彼女の考えは当たっている。


 メアリクス家の人間は、公の場には滅多に姿を現さない。

 仮に姿を見せる場合は、基本何かある、ということも。


 私は予め考えていた言い分を披露することにする。


「実は、サフィーア殿下から『夜会』へのお誘いの話がありましたので、断り切れずお受けすることとなったのです」

「そうですか。それなら、私はあなた方をさらに疑うことになりますね。そもそも、そのお誘いの話を正面切って断ることが出来るのが、あなた方メアリクス家の人間ですから。なので、ますます怪しく思えてきます。あなたの言葉が事実だとしても、それはただの建前に過ぎないのではないかと――」


 ジェシカは微笑を浮かべながら、「そう思えてならないのです」と続けたのだった。


 私も笑みを浮かべながら、「いえいえ、そんなことはありませんよ」と否定するが、内心は舌打ちを行う。


 何て疑り深いのだろうか。

 とんだ伏兵だ。


 おそらく彼女は、王族のお目付役としての責務を果たすために、こうして私の真意を確かめにきたのだろう。


 そして、私が真実を話すまで、彼女は私を警戒し続けることになるに違いない。


 私のその推測を裏付けるかのように、ジェシカは言葉を紡ぐ。


「さあ、カティア様。あなたは何故、『夜会』にご出席したのですか? どうか本当のことを教えてください」


 そう言ってくる。


 ああ、駄目だな。これは。

 どれだけ誤魔化そうと、完全に確信している。


 やはり私では、相手にはならなかったか。


 私はジェシカと言葉を交わしながら、側に控えるマリーへと視線を向ける。

 マリーは、口パクで「五十点以上ないと厳しいです」と伝えてきた。


 ……五十点か。なるほど。

 残念ながら、今の私では敵いっこないらしい。


 本当に残念だ。

 このまま話を続けていても、きっと平行線のまま。

 そして、彼女は私を疑っている。

 だから、この場に私を釘付けにしているだけでも十分リターンがあると思っているだろう。


 まだ『夜会』は始まったばかりだ。時間は沢山ある。

 けれど、ただ無為に時間を過ごすような余裕は私たちにはない。


 おそらく彼女はハワードと打ち合わせて、私たちに接近したのだろう。


 大したものだ。

 流石は、王族のお目付役を任されるだけはある。


 王族二人が取り仕切るこの場で、問題事を起こさせないために、彼女たちは不確定因子である私たちに目をつけた。

 そして、私たちが嫌がるであろう手段を的確にとっている。この場では時間稼ぎこそが、最も効果的であると理解して。


 ――ああ、追い詰められてしまった、か。


 現状は、八方塞がりである。

 降参して彼女に事実を話せば、警備に支障が出る恐れがあるし、彼女が巻き込まれる可能性もある。


 だが、このまま会話を続けるのも時間の浪費である。


 相手の手腕は、本当に見事だ。思わず、称賛を送りたいほどである。


 私は彼女に敬意を表しながら、この状況を突破するために、ある手段を取ることにしたのだった。


 本当はこんなことしたくはなかったが、仕方ない。


 これは彼女のためであり、そして私たちのためでもある。


 だから、遠慮なく実行させて貰おう。悪いとは思うが、どうか恨まないで欲しい。


「――ジェシカ様。一つだけ、お伝えさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「何でしょう。まさかあなた方の思惑を教えて下さるのでしょうか?」

「いいえ、残念ながら。それは出来ません。これは忠告です――」


 そして、私は笑みを消した。

 それを見て、ジェシカは訝しげな表情を浮かべ、そして大きく息を呑む。


 彼女の微笑が、ここへ来て初めて完全に消えた。


 ――何故なら、私が彼女へ殺気を叩きつけたからだ。


 武の心得が無い相手でも分かるように、濃密な殺気を向けて私は彼女を威嚇する。


「ジェシカ様。『夜会』中、どうかくれぐれも私たちの側に近寄らないようお願いします。身の安全は一切保証されない、とお思い下さいませ」


 これは敬意だ。

 私を上回った彼女への。


 だから、つまらないことで退場して欲しくはなかった。


 この勝負は、ひとまずお預けだ。

 いずれ、再び『遊ぶ』日が来ることを私は心待ちにしている。


 だから、どうか次に会う時はその牙をより鋭く磨いて待っていて欲しいと、私は心の底から願う。


「それでは、ジェシカ様。これにて失礼いたします」


 私はそう言って、踵を返してマリーと共に私の殺気に当てられて動けないでいる彼女の元から立ち去った。


 私の後をついてくるマリーが、「今後、より一層頑張ってまいりましょう」と励ましてくる。


 私は「ありがとう、マリー」とお礼を言う。


 そうだ。頑張ろう。

 今よりも、何十倍も。


 いつの日か完全にカティアとして元に戻り、そして彼女に必ず勝つ。


 そう決意したのだった。



 ♢♢♢



「お嬢様っ、大丈夫ですか……!」


 カティア・メアリクスとその従者が立ち去った後、突然ジェシカが倒れかけたため、侍女は慌てて彼女を抱き留めたのだった。


 そして、恐る恐るといった様子で自分の主に尋ねる。


 すると、何故か自分の主――ジェシカは額に玉のような汗を浮かべながら、おかしそうに笑うのだった。


「……ああ、ようやく追い詰めたと思ったのに。あんな方法で逆転されるとは思わなかったわ。完敗ね」

「お嬢様?」

「最後、追い詰められていたのは私の方だった。こんなこと初めて。だって、強引過ぎるわ。あまりにも斬新過ぎて。ああ、とてもおかしくておかしくて……」

「お嬢様……?」


 何だか主の様子がおかしいぞ、と侍女は気付く。

 困惑する侍女を他所に、ジェシカはひとしきり笑うと、こうポツリと呟いた。


「そういえば、アン。彼女にはファンが沢山いたわね。主に男子だけれど」

「お嬢様……?」

「やっと『私の推し』が見つかったわ。もう今までのようなつまらない日常とはお別れね」

「お嬢様……!?」

「これから私は、『私の推し』のために全力で生きるわ。だから、彼女――カティア様のファンクラブを作ってみようと思うの。どうかしら、アン? 協力してくれる?」


「おおお、お嬢様ぁーッ!? おじょ、おじょ、お嬢様ああああ!! お嬢様ァァァアアアアアアッ!!!」


 ヤバイ。メアリクス家の人間と関わった直後、うちの主がぶっ壊れた。

 いつもつまらなそうな顔をしていたのに、突然何故!?


 早く自分の主を正気に戻さねば。見たところ、すでに手遅れかもしれないが……。


 いつにも増して生き生きとし出したジェシカを見て、侍女――アンは焦りながら、そう思ったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ジェシカ様は凄くヤバイ人でしたね... カティアに口で勝てるほどの凄い人なのに... [一言] レインは戻った時に女性ファンが増えていたらどう思うのでしょうか...
[一言] ジェシカちゃんおバカかわいい枠か……
[気になる点] 夜会中の入れ替わり作戦は上手く行って欲しいなぁ 必死で令嬢力上げる所が読みたいです。 [一言] 失敗したらそれはそれで面白いんだろうけど…
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