包囲網
――『ダンシ コワイ』。
私は、帰りの馬車の中でパチパチと瞬きしながら弟に向かって愚痴る。
一体何なんだ、彼らは。
何故あんなにも決闘をしたがるのだろうか。
実技授業で散々やっているはずなのに。
おかしい。絶対おかしい。
そんなに剣ばっか振り回してどうしたいと言うのか。
騎士になるつもりなら、それでも別に良いのだろうが、中には明らかに家督を継ぐような長男と見られる人間が何人もいるのだ。
たとえば、この国の第一王子とか。
信じられない。どうなっているんだ、まったく。
そう思っていると、弟も、私に対してパチパチと愚痴ってくる。
――『ジョシ コワイ』。
と。
弟は、最近私と同様に、サフィーア王女から何度も勝負を持ちかけられていたのだった。
私の場合は決闘だが、弟の場合は筆記テストである。
座学の首席合格者と次席合格者同士らしい勝負であった。
私と大違いである
少し羨ましい。決闘と比べて、上品な競い合いに思えるから。
試験結果を確認して一喜一憂する。ああ、なんて健全なのだろう。
こっちなんて剣をぶん回して、地面を転がって砂塗れになるのが大半だ。主に私以外の人間が。
何故こんなにも私たちに差が付いてしまったのだろう。悲しい。
そう思っていたが、弟からとんでもないと、パチパチとまばたきで否定される。
試験結果が出た直後はめちゃくちゃギスギスした雰囲気になるらしい。
しかも、その試験結果時の雰囲気が随分と後まで尾を引くとか。
なので、後腐れなく終われる決闘の方が羨ましいらしい。
結局、人それぞれだった。
皆違って、皆良いと言うことなのだろう。
私たちは、そう考えることにした。
――『ソウイエバ カティア ラブ イタ』。
私が、そう伝えると弟はわずかだが、とても嫌そうな顔をする。
弟は、男子にモテていた。
従者のマリーから教わった化粧技術とその優美な振る舞い、そして人形のような整った顔立ちにより、男子学生からの人気はとにかく高かった。
欠点らしい欠点と言えば、口と性格が悪いということなのだが、逆に言うとそれ以外の欠点が見当たらないということでもある。
確かに、私から見ても弟は凄いと思う。頭が良く、その立ち振る舞いも淑女として完璧だ。
そして学園内では、ヘリアン王子の婚約者に最も相応しいと言われている状態らしい。
それ故に、弟が置かれている状況は私より過酷となっていた。
弟曰く、自分こそがヘリアン王子の婚約者に相応しいと勝手に敵視してくる令嬢と毎日のように気の抜けない舌戦を繰り広げているのだと言う。
――『オレ レイン ドロボウ ネコ ジャナイ』。
何だか可哀想に思えてきた私は、弟に対して何度も慰めの言葉をかけるのだった。
これでも一応少しでも弟の負担を減らすため、私を介して弟に近づこうとしてきた男子は、尽く潰していた。
時々、「オレ、君に決闘で勝ったら、カティア嬢に告白するんだ」と言ってくる輩がいる。
その場合、審判の試合開始の合図が出た瞬間に速攻で勝負をつけて、その野望を粉々にすることにしていた。
ついでに、心の中で「ほら、念願のカティアは目の前にいるぞ、何とか言えよ」と思いながら絶望する男子学生に対して勝利宣言を行う。
私の目の黒いうちは、可愛い弟に変な虫を寄り付かせるつもりは毛頭無い。
そのため彼らには、いつもお引き取り願うことにしていたのだった。
――『ヒニヒニ フエテル ダンシ ニンキ』。
――『オレ レイソク ナノニ……』。
弟は、私以外の人間に気付かれないよう器用に落ち込むのだった。
正直、弟と代わってあげたいと思う。
けれど、それは出来ない。私たちは、未だ元には戻れていないのだから。
学園でも監視がついていた。
従者たちではなく、主に教師からの目である。
入学式でやらかしたせいで、私たち双子を見る目がかなり厳しいものとなっていた。
教師とすれ違う度に、彼らから話しかけられ、「問題を起こすなよ? 絶対起こすなよ? 絶対だぞ? 本当に絶対だぞ?」と言外にそう言われているような強めのプレッシャーを与えてくるのだった。
ちなみに、教師たち的には決闘はセーフらしい。
まあ常に審判が教師であるため、そう簡単には問題を起こさないだろうと思っているのかもしれない。
何にせよ、学園内では、彼らの存在がかなり厄介なのだった。
至る所で特に私たちに対して、目を光らせているのだから。
これでは、従者が私たちの側を離れる機会があっても、意味がない。
私たちは、内心悔しい思いをするのだった。
まるで目の前に置かれた餌をお預けにされたペットのような気分だ。
惨めすぎて、泣きたくなってくる。
私たちは、そんな気持ちを少しでも紛らわすため馬車が屋敷に着くまでの間、思う存分愚痴を言い合うのだった。