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夜会 9

 キースとケルヴィンが去った後、休憩を終えた私は、再度自分たちの顔見知りに挨拶を行うことにした。


 実は、ある程度検証が済んだら、弟と合流する手筈だったのだが、どうやらまだ弟の方は取り込み中らしい。

 なので、弟がフリーとなるまで私は、検証を続けることにしたのだった。


 私の顔見知り――といっても、別にそこまで言葉を交わした記憶はないが、時々学園内で忌々しそうに私を見てくるヘリアン王子のお目付役というか幼なじみといった関係の少年と弟は話しているようであった。


 何と言っているのだろう。

 ここからでは、少し彼らの唇を読みにくい。

 おそらく、ただ世間話をしているだけのようだが……。


 それにしては、少し険悪な雰囲気にも見える。


 現在弟と話しているヘリアン王子と幼なじみである少年――ハワードと言う名前である彼のことを、私は正直のところ、よく知らない。もちろん表面上の情報は頭の中にあるが、それだけだ。ヘリアン王子ほど私は彼のことを詳しくは知らなかった。


 ハワード・ラドモンド。

 栗色の髪と瞳を持つ、私たちと同じ地位である公爵家の血を受け継ぐ少年だ。


 彼は、幼少期からヘリアン王子の友人を兼ねたお目付役を任されていた。

 つまり悪役を任されている私たちとは、真逆の存在だ。


 私から見た限りの印象として、ハワードは真面目な性格であると思う。

 私たちもまた真面目な性格なのだが、彼とは別のベクトルであった。


 私たちは享楽的であるが、対して彼は厳格的である。


 楽しむために自身をルールで縛る私たちとは違い、彼は己の心を律するために自身をルールで縛っている、という節があった。


 常に眉間にシワを寄せて、何事も面白くなそうな顔をしているのだ。


 ヘリアン王子とは仲が良さそうな様子ではある。

 けれど、ヘリアン王子と接する彼のその態度は一人の友人としていうよりも一人の臣下として、といった方が正しいような印象を受けるのだった。


 学園では、ヘリアン王子のすぐ後ろで控えるようにして立っているところをよく見る。


 反面、私とヘリアン王子が話をする時は、いつも距離を置いてこちらを眺めていたのを思い出す。


 弟とハワード、二人の様子を遠くから眺めながらふと思う。


 ――少し、嫌な感じがするな……。


 ハワードは、私が悪役として振る舞っても、決して私の挑発に乗ってくることはなかった。


 いつも、『悪いがその手には乗らない。俺は、お前たちとは関わらない』と言って、取りつく島がなかったのである。


 彼は、私のどのような挑発をも受け流す理性と常に感情を乱さない冷静さを有していた。


 最初は強敵だな、と思っていたが、別に彼は会った当初から厳格な性格をしていたので、彼に対して悪役として振る舞う必要性が皆無であることに気付いてしまい、なので、今まで彼とは必要以上に接触することはなかった。


 彼の才能は、ヘリアン王子に劣る。

 しかし、努力家で常に勤勉だった。何事も真面目に取り組んでいて、怠けることはない。

 よって彼は、この先間違っても堕落するようなことは決してないだろう。

 父と相談した結果、そう判断したのだ。


 彼は、どのような時でさえ、ヘリアン王子のお目付役として務めを果たしていた。まるで義務感に駆られるように。


 そして、そんな真面目で私との接触を拒んでいた彼が現在、弟とあまり良い雰囲気ではない状態で言葉を交わしているように見える。


 なので、私は少し嫌な予感がしたのだった。


 弟のことなら正直、心配はないと思う。

 私は腕っぷしを、彼は言葉を使うことに長けている。


 どのような問答を相手から仕掛けられても、弟ならば難なくこなしてみせる。


 そのような確信が私の中にあった。


 よって、気にする必要はないのだが……しかし、何だか無性に気になってしまう。


 ――少し様子を見てこようかな。


 そう思い、マリーを伴って弟の方に近付こうとした時、


「――こんばんは、カティア・メアリクス様。『夜会』を楽しんでいらっしゃいますか? それにしても、まさかあなた方が、ご出席していらっしゃるとは思いませんでした」


 そう私に声をかけてくる者がいた。


 私がそちらに視線を向けると、そこには侍女を伴った桃色の髪の少女が立っていた。


 ――ああ、知っている。学園で彼女の姿を見たことがある。直接、言葉を交わしたことはないけれど。


「……こんばんは。お久しぶりですね、ジェシカ・クランベル様。ええ、もちろん楽しんでいますよ」


 私は淑女らしい笑みを浮かべながら、内心首を傾げる。


 クランベル公爵家の人間であり、サフィーア王女のお目付である彼女が、何故、このタイミングで私に……?


 そう思いながら、私は言葉を紡ぐ。


「そういえばジェシカ様こそ、今までお姿が見られませんでしたが、もしかして先程会場にご到着なさったのでしょうか?」

「いいえ、少し会場の外にある空室で休憩していただけですの。カティア様方よりも、先に到着しましたわ」


 私は「ああ、そうだったのですね」と相槌を打つ。


 私は、正直目の前の少女が何故私に話しかけてきたのか、その真意を測りかねていた。


 弟からは、ジェシカの性格は、常識的で節度を弁えた至って普通の女子生徒であると聞いていた。


 快活とした雰囲気ではないが、愛想が良く常に微笑を浮かべている。人当たりの良い女子生徒だとか。けれど、時折ハワードのように、つまらなそうな顔を彼女はしているらしい。


 そして弟も、彼女に対して悪役振ることはしていないそうだ。なので、特にこれといった接点もないのだとか。


 そんな彼女が、何故このタイミングで私に話しかけてきたのか私は不思議に思っていた。

 単なる偶然か。

 それとも――


 私は疑問に思いながら、その真意を探るためジェシカと言葉を交わそうとすると、彼女は単刀直入に告げたのだった。


「それで、カティア様。前置きは無しでお尋ねしたいのですが――あなた方は、一体この『夜会』で何を企んでいるのでしょうか?」


 彼女は微笑を浮かべながら、私に鋭い目を向けたのだった。

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