夜会 6
結果的に言うと、私は弟を敵視している彼女たちに対して、何とか悪役令嬢として振る舞うことが出来た。
彼女たちと別れて、小さく息を吐く。
……緊張した。でも、それなりにこなすことが出来た。
今まで男として生きてきた私でも、悪役令嬢を務めることが出来たのである。
嬉しい気持ちで一杯だ。
初めて普通の女子として、他の女子たちと会話することが出来た、ということも大きい。
正直に言うと、女子同士での会話というものに私は密かに憧れを抱いていたのだった。まさかこのような形で実現するとは思わなかった。夢みたいだ。
私が彼女たち対して行なったのは、ヘリアン王子たちの時のような挨拶だ。
けれど、彼女たちは弟を――悪役令嬢であるカティアを快く思ってはいない。
そのため、こちらから声をかけると相手たちも普通に笑みを浮かべて対応をしてくれるが、その言葉の端々には沢山のトゲが含まれていた。
しかし、私はそれを全力でスルーする。
彼女たちは、サフィーア王女たちに注意されて以前より大人しくなった。
そこへ私からわざと煽るような真似をすれば、最悪彼女たちの中で歯止めが効かなくなってしまうかもしれない。
それだけは避けたかったのだ。
何しろ、それは反撃出来ない相手に対して、こちらからわざと喧嘩を仕掛けるようなものである。
さすがにそこまで悪趣味な性格を私はしていない。
ただ、彼女たちの敵愾心は未だ消えていないことが分かった。
私が彼女たちの嫌味をにこにこ顔で聞き流すたび、彼女たちはむっとした表情になったのである。
彼女たちの闘志は未だ燃え続けている。
朗報だ。後で弟に伝えよう。きっと喜ぶはずだ。
そのような感じで少し浮かれながら、私は乾いた喉を潤すため、近くのテーブルに並べてあった果汁が注がれたグラスを手に取る。
そして、口の中に広がる風味と味覚を愉しみながら、思考を働かせた。
――あの六人は、私が弟ではないことに気付いていなかった。
やはり、私たちの見分けがつくのはヘリアン王子とサフィーア王女の二人だけなのだろうか。
しかし、まだ確信は持てない。
普段の私たちと今の私たちには、何か決定的な違いがあったはずだ。
駄目だ。少し考えてみたが、やはり先程の挨拶だけでは予想がつかない。
やはり、もう少し数をこなさなければならないだろう。
しかし、その前に――
「マリー、先程の私の挨拶は何点だったかしら?」
「贔屓目に見ても四十点程度ですね、カティアお嬢様」
側に控えるマリーが、無表情のままそう告げる。
……やはり、それくらいか。
贔屓目に見ているというのならば、マリーとしてはより低い評価をつけているようだ。
内心予想していたので、特に動じることもない。
私はマリーのアドバイスを真剣に聞く。
「所作の一つ一つがまだ粗いと言わざるを得ません。もう少し丁寧に。それと、先程の方々への挨拶の言葉もありきたりです。会話での相槌の仕方もかなり一辺倒なものでしたので、その辺りも含めてもう少し工夫を凝らした方が良いかと」
「勉強になるわね」
なるほど。本当に勉強になる。
特に駄目だった部分に関して言葉できちんと批評してくれる点は嬉しい。
サイラスの場合だと「駄目ですか、そうですか。なら、再度体に叩き込んであげますね」とばかりボコボコにしてくるのだ。
彼はその夜、悪夢にうなされるほど厳しくレッスンの内容を脳裏に刻みつけてくるのである。
ちなみに夢の内容もまたレッスン関連であり、基本サイラスが登場して再度私をボコボコにしてくることが多かった。
そして翌日から、昨日行なったレッスンを二度と忘れない体になっているのである。
最初はちょっと怖かったが、今はそのことについて考えることを止めた。
この世には考えても仕方がないことがある。
そんな知りたくもないことを私は知ったのだった。
「先程の方々の場合であれば、極めて失礼な物言いになってしまいますが、そうですね――三十点以上あれば、十分張り合うことが可能だと思います。しかし、サフィーア殿下がお相手であれば、正直六十点でも厳しいかと思われます」
なるほど、それは確かにかなりの強敵だ。
今の私ではまるで敵わない。
そして、もちろんこうも考えられた。
――その実力の差でサフィーア王女は私と弟を見分けたのではないか?
そのような仮説も立てることが出来たのだった。
自分の中でも良い線をいっていると思うが、しかしそれではある部分に関して疑問が解消されない。
――彼らは近づく私たちを見て、即座に確信を持った。
私が悪役令嬢として振る舞う前からサフィーア王女は、私が弟ではないと気付いていたし、反対にヘリアン王子も弟が私ではないということを早期に気付いていた。
だから、おそらくこの仮説は正しくはないと思えてきてしまう。
多分、まだ何かあるはずなのだ、そう、決定的な何かが。
甘味で、頭の疲れを取りながら思考する。
そして私は、知恵を振り絞りながら検証を続けることにしたのだった。




