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夜会 5

 私は弟とにこやかな笑顔で会話し、その後「それじゃあ、また後で」と二手に別れる。


 私たちは二人で固まらず、各々行動することにした。そちらの方がごく自然であるからだ。


 とりあえず私の場合、悪役令嬢である弟として振る舞いながら、自然とした流れでヘリアン王子と再び接触することが第一目標である。


 ヘリアン王子の相手は私が適任だ。

 彼はおそらく私の姿を最初に見たことで、私たちがいつもとは違う格好をしている、と見破ったのだろうから。


 よって、サフィーア王女の場合は、弟が適任となる。


 二人の視線の向きから、私たちはそう判断したのだった。


 それに普段よく接する相手であれば、油断してくれるに違いない。

 直接「どうして分かったの?」と聞くわけにはいかないので、隙を見せてくれる可能性が高い選択肢を私たちは選んだのだった。


 私は、微笑みを崩さないように気をつけながらある集団の元へ向かう。


 そこには、六人ほどの貴族令嬢たちが集まり、楽しそうに談笑に興じている最中であった。


 そこへ一体何をしにいくのかというと、ヘリアン王子たちの時同様に挨拶へ行くつもりであった。


 何を隠そう私は今、弟の知り合いである者たちに声をかけにいこうと思っていたのだ。


 ちなみに、知り合いと言っても別に相手との関係が友好的なものとは限らない。


 残念ながら弟は、私と同じぼっちであった。


 学園での弟の立場は、正直周囲が敵ばかりの孤立無援な状態と言っても過言ではない。

 常に四面楚歌な環境で過ごしていたがために、友達など皆無だ。


 けれど男子には人気がある。反面、女子にはとことん人気がない。

 それが、悪役令嬢として振る舞ってきた弟の状況である。


 正直、話を聞くたび、いつも可哀想だと思っていた。


 私もぼっちだが、私の場合は、周囲の者たちから遠巻きに眺められるだけで実害は全くない。


 なので、やはり弟のそんな状態をどうにか出来ればいいな、とずっと思ってきたのだが、三ヶ月前くらいからサフィーア王女の尽力によって、弟の負担が減ったのでほっとしていた。


 目の前の彼女たちは、以前までよく弟に対して積極的に口喧嘩を仕掛けてきた者たちだ。

 しかし、今ではほとんどそういった行いをしてこないらしい。

 いつも口喧嘩を仕掛けてきて、弟に撃退される、ということが頻繁にあったそうなのだが、サフィーア王女に諌められてからというもの、かなり大人しくなったみたいである。

 一時期弟を敵視しすぎてかなり過激なことをしていたため、「さすがにあんまりだ。度が過ぎている」とサフィーア王女直々の注意を受けたことにより、今では弟に対してほとんど何もしてこない状況となっているようだった。


 一方、弟は「今まで大変だったけど、久々に相手になりたいなあ……」と時折寂しそうにしていた。


 いざ相手が大人しくなってしまうと、それはそれで寂しいものらしい。

 自身の負担を減らしてくれたサフィーア王女には、とても心から感謝していたが、かつての多忙な日々にやりがいを感じていたのもまた事実であるようだ。


 そこら辺は難しい問題だった。私たちの面倒くさい性格のせいで……。本当にごめんなさい……。


 私は心の中でサフィーア王女に謝る。

 弟も、心の中で私がヘリアン王子に謝るように、サフィーア王女に対して何度も謝っているらしく、無事に元に戻れたなら、彼女に対して今まで心の中で謝罪した回数分、本気で土下座する覚悟らしい。


 私もいつの日のために、ヘリアン王子に土下座する用意をしないといけないな、と思い始めてきた。

 といっても、果たして土下座で足りるのだろうか……。正直酷いことを一杯してきたし……やはり他にも何かすべきだろう。だが一体何をすれば……。


 ……ああ、話がかなり逸れてしまった。


 とにかく、私は弟を敵視していた彼女たちに近づく。


 すぐ側にはマリーがいる。

 だから、もしも対処に困るようであればすぐに救援要請を出す予定であった。


 私が彼女たちに話しかけようとする理由は、二つある。


 一つ目は、やはり世間体だ。このような『夜会』という公の場で、顔見知りであるならば声をかけるのが道理というものだろう。


 相手は弟の知り合いで私の知り合いではないが、それでも安易に無視は出来ない。


 ――レッスンその18。悪役たる者、度量は大きく持つべし。


 ねちっこい言動の悪役など、所詮は三流。


 ――一流の悪役は、陰湿さとは無縁である。常に堂々たれ。


 それがサイラス、それにマリーから教わったことだった。


 そして、二つ目の理由は、一応の確認のためだ。


 ヘリアン王子たちは私たちを見分けることが出来た。

 なら、他の者たちの場合、どうなるのか。


 まだ『夜会』に参加して私たちがまともに接触した人間はヘリアン王子たちだけだ。

 可能性はかなり低いが、もしかしたら他の者たちも私たちのことについて気付くかもしれない。

 私たちが、何か致命的な失敗をしているという可能性も十分考えられたからである。


 よって、きちんとした検証が必要となるのだった。


 ――私たちを見分けることが出来るのはヘリアン王子たちだけ。


 その確信を持ってから、私はヘリアン王子と接触をはかりたいと思っていた。


 私は、緊張で笑みが痙攣らないよう何とか頑張りながら、女性集団に向かって足を進める。


 そういえば、今まで同年代の同性とまとな会話をしたことがなかったなあ、ということを思い出して緊張で冷や汗を流す。


 とにかく頑張ろう。私ならばやれる。間違いない。


 小さく深呼吸を繰り返して心を落ち着かせながら、私は悪役令嬢としての初仕事を行うのだった。

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