夜会 4
ヘリアン王子たちは、私たちの姿に対して微妙な反応を示したのだった。
何故だ。
しかし、よく考えてみる。
――そろそろ一年近くなる知り合いが、いきなり女装と男装を始めた。
確かに、それは誰でも微妙な顔になってしまう。
彼らの目には、そのように映ってしまうから、どうしても大きく戸惑ってしまうことになるだろう。
本当は、逆なのに。
元に戻っただけなのに。
けれど、彼らはそれを知る由がない。
よって、二人にとって私たちといえば、互いに入れ替わったままの姿だ。
そちらの方のイメージが彼らの頭の中で紐付けされてしまうことになる。
これは、少し、いやかなり厄介な問題だ。
何故なら、そのような認識が彼らの頭の中にある限り、私たちは完全な状態で気づいてもらえない、ということになるからだ。
ヘリアン王子にとって私はどこまで行ってもレインであり、サフィーア王女にとって弟はどこまで行ってもカティアのままなのである。
加えて、今回の作戦にも影響が出てくる。
作戦が上手くいって、こっそり元に戻れたとして、二人に「え、二人とも、何してるの?」と指摘されたらおじゃんとなってしまう。
最悪、二人から女装癖と男装癖に目覚めた変態として扱われることになるだろう。
ああ、それは駄目だ。非常にまずい。
ここに来て想定外のことが起きた。
私と弟は、即座にアイコンタクトで示し合わせる。
――『ミワケタ コツ サグラ ナイト ダメ』。
――『ソシテ カンゼンニ ゴマカセル ヨウニ ナラナイト』。
そう決める。
私たちの作戦を実行するには、ヘリアン王子とサフィーア王女が何故私たちを区別することが出来たのかを解明しないといけなかった。
そもそも、ことの発端として、誰も気付いてもらえなかったから、私たちはこっそり元に戻ろうとしているのだ。
けれど、今現在気付く者たちが現れた。しかしそれが、残念なことに中途半端な認識なのである。
つまり、誰にも完全に気付いてもらえないにも関わらず、自力で元に戻ることが出来ない。
どちらの手段も使えないという、非常にまずい状態なのであった。
よって、早急にどちらか片方の手段でも使用可能な状態にしなければならない。
けれど、前者は今のところ困難。
つまりは、後者――完全に二人の認識を欺いて、作戦通りこっそり互いに入れ替わる。
それしか無かった。
そのため私たちは、どうやって二人が私たちを見分けることが出来たのか、その理由を探ることに決める。
にこにこと笑いながら、ヘリアン王子たちと他愛のない会話を行う私たち。
表情はにこやかでも、内心は冷や汗ものだ。
今現在、ひりつくような緊張感が、私たちに襲い掛かっていた。
今回の『夜会』中に、その理由を見事探り当て、対処することが出来たなら、私たちは完全に元に戻ることが出来るだろう。
しかし、その理由を探り当てることが叶わず、対処が出来ないのであれば、どうすることも出来ない。完全な詰みに等しい。
――そのため、失敗は決して許されない。
私たちは、一層気を引き締めた。
♢♢♢
無事ヘリアン王子たちへの挨拶が終わり、私たちは一旦彼らから離れる。
ずっと彼らに張り付いているわけにはいかない。
この場にいる者たちの大半は、私たちが王族二人とそれなりに仲が良いことを知っているが、あまりにもべったりだと、私たちが二人の警備をしていると言っているようなものだ。
なので、一度距離を置いて遠巻きに二人を観察する。
二人の様子を眺めながら、暗記した『夜会』のスケジュールと二人の行動を照らし合わせる。
そうすることで、私たちはある程度二人の行動パターンを把握することが出来た。
それを利用して、私たちは再度自然な素振りで二人に接近するつもりである。
――そして、私たちを見分けることが出来た理由を解き明かし、その後作戦を実行する。
やることが増えてしまったが、作戦は変更しない。予定通り行うつもりである。
同時に、周囲を警戒して警備もきちんと行う。王族二人を守り抜く。
かなり忙しいが、全てこなしてみせる。
予期せぬ事態に陥ることなど、いつものことだ。
だから、このくらいで動じるつもりはない。
――ゆえに、始めよう。私たちの『遊び』を。
今この瞬間を楽しく過ごそう。
私たちが私たちであるために。
後悔など後でいくらでも出来る。だから、今は全力を尽くして、目標の全てを達成するべく行動しよう。
そう心に刻み、そして私たちは、力強く歩み出したのだった。




