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夜会 2

 私と弟は、困惑する。


 信じられない、と。


 だが、事実だった。


 ヘリアン王子は、私を見て、レインと言った。

 サフィーア王女は、弟を見て、カティアと言った。


 それは全くの偶然ではない。

 目の前の二人は、明らかに確信を持っていた。


 それ即ち、私たちの見分けが完全についている、ということに他ならない。


 衝撃的だった。

 私たちにとってかつてない出来事だ。


 そして、驚きと同時に疑問が湧いてくる。


 ――え、どういうこと? 何で分かったの……?


 と。


 不思議で仕方なかった。


 だって、私たちの姿はそっくりで、近くから見てもまるで区別がつかないほどだった。


 何しろ父や従者たちでさえ見分けがついていないのだ。

 そう、誰も見分けがつかなかったがために、私たちは今日の日までこうして『遊び』を続けているのである。


 なのに、私たちの目の前にいる王族二人は、きちんと見分けがついているみたいなのだ。


 凄い。こんなこと初めてだ。

 何かコツとかあるのだろうか。


 自慢ではないが、私と弟の違いといえば、正直雰囲気の違いくらいしかないと思っていた。

 少なくとも見た目では、まるで区別がつかないのだ。

 まあ薄着をすれば、多少なりとも性別の違いが出てくるが、今私の着ているドレスは冬用のため比較的厚手で身体の線がはっきりとは出にくいものであったし、弟のスーツも概ねそのような感じの造りだった。


 そして、先程雰囲気の違いしかないと言ったが、私たちにしてみればそれさえも偽ることが出来る。

 何しろ、昔から自分たちの癖や仕草を似せて過ごしてきたのだ。

 故に、双子の私たちの手にかかれば、そのようなことでさえ造作もないことであった。


 私たちは、真剣に『遊び』を行なっている。

 故に、お互い完璧に相手を演じ切れていると信じて疑わなかった。


 けれど、彼らは見事私たちのことを見破った。


 私たちは、心から称賛する。


 そして、ふと思う。


 ――これって、つまり私たちの『遊び』が終わったということなのでは……?


 だって、二人には私たちの見分けがちゃんとついているし。

 誰かに気付かれた、そう言っても良い気がするのだ。


 けれど、そう思いながらも残念ながら私の心は完全には納得してはいなかった。


 弟の顔をちらりと見ると、どうやら弟も私と同じ気持ちらしい。


 確かに、彼らは私たち二人の立場を交換した姿を見破った。


 けれど、忘れてはならない。


 私はカティアであり、弟はレインである、ということを。


 そう、彼らは逆に思い込んでしまっている。

 ヘリアン王子は、私をレインだと思い込み、サフィーア王女は弟をカティアだと思い込んでいるのだ。


 残念だ。極めて残念だ。

 本当に惜しい。あまりにも惜しすぎる。


 私たちは、思わず飛び跳ねそうになるほど喜んだ直後、激しく落ち込むことになった。


 ショックである。泣きそうだ。


 どれだけ頭の中で『遊び』を終わらせるためのルールの解釈を考えても、自分たちの心は一向に納得しない。


 ああ、分かっている。分かっているとも。


 誰かに気付かれる――それはつまり、私をカティアだと見破り、弟をレインだと見破る、ということを意味している。


 ――中途半端は決して許さない。


 それが私たちの在り方だった。


 め、面倒くさい……! 我ながら、面倒くさすぎる……。

 自分たちの頑固な性格が、ひたすら憎い。恨めしい。


 彼らはちっとも悪くない。悪いのは、これで良しとは出来ない私たちの方だった。


 なぜ、私たちはこのような性格をしているのだろう。


 別に、そこまで特殊な環境で育ったわけではないのに。

 いや、かなり特殊だといえば特殊だが、少なくとも私たちのこの性格を形成した時期は、その特殊な環境に放り込まれる前なのである。


 もしかして、私たちが双子だからだろうか。


 いや、それは違うか。

 だって、ヘリアン王子とサフィーア王女はまともな性格をしているし。二人とも良い人だし。


 そういえば、以前王都の街中であったチンピラのリーダーと副リーダーも双子かどうか分からないが、確か兄弟であったはずだ。

 彼らもかなりまともな性格をしていた。


 面倒くさい性格をしているのは、私たちだけだ。


 何これ酷い。

 ツライ現実だ。


 考えれば考えるほど、ネガティブな思考になって、思わず呻き声を上げそうになる。


 ああ、もう、とにかくポジティブにいこう。

 私たちは、オンリーワン! はい、ポジティブ!!


 思考を無理やり切り替えて、私たちは目の前の出来事に集中するよう必死に努める。


 そういえば、私たちはヘリアン王子たちに挨拶をしに来たのだった。


 挨拶。そう挨拶だ。挨拶をしよう。挨拶を。


 そのように何度も同じことを頭の中で念じながら、私たちは彼らに言葉をかけようとする。


 しかし、突然ある感情が浮かび上がり、それが私たちの行動を邪魔するのだった。


 それは『恥ずかしさ』だった。


 私たちは、今まで何もかも偽って彼らと接してきた。


 私の場合、男として。そして悪役令息として。

 ヘリアン王子に対して、本当の自分を出したことは一度としてなかった。


 だが、今は男でもなく、そして悪役令息としてでもない。

 一応、今日は悪役令嬢としてある程度周囲に迷惑をかけない範囲で振る舞うことにしているが、そのお役目に対する意識は元に戻れたことによって、嬉しさのあまり、いつもと比べて幾分か希薄になっていると言わざるを得ない状態だ。


 故に、段々と気恥ずかしい気分になってくる。


 彼の前で、ドレス姿でいることが。化粧で誤魔化せていると思うが、私の頬は今とても熱かった。


 弟も、少し顔が俯き気味だった。


 よく見ると、ほんのりと赤面している。私と同じくレインも照れているらしい。


 そして、その間も目の前の二人は私たちをまじまじと見つめてくる。


 どうしても決まりが悪くなり、私たちは耐え切れなくなって思わず抗議の声を上げた。


「……おい、あまりこちらを見つめるな、馬鹿王子」

「……じろじろ見ないでくれるかしら。失礼ね」


 けれど恥ずかしさで、少し弱気な声音になってしまう。

 しかも、口調もお互い元に戻ってしまった。レッスンで生じた呪いを抑え込むため、あれだけ必死に頑張ったというのに。


 令嬢姿の私が男口調で、令息姿の弟が女口調で話すという、実にちぐはぐなことを行なってしまったのだった。


 それを聞いて、ヘリアン王子とサフィーア王女は、やはりそうだったと声を上げる。


「――レイン・メアリクス!? どうして君がドレスを着ているんだ!?」

「――カティアさん!? どうしてあなたがスーツを着ているのですか!?」


 と。


 ――いや、大声!


 私と弟は、慌てて二人の口を塞いだのだった。

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