不屈
――決闘の翌朝、ヘリアン王子がまた決闘しようぜと言ってきた。
何とか冷静さを保ったまま対応することが出来たが、正直戸惑いを覚える。
何せ昨日、あんなぞんざいなあしらわれ方をされたというのに、至って普通に話しかけてきたのだから。
しかも昨日と同じルールで決闘をやろうぜと言ってくる。
一体どうしたのだろう。
ちょっと怖い。
やっぱりサイコパスだったのだろうか。
決闘したい理由を聞くと、負けたままだと自分のプライドが許さないということらしい。
しかも私に対して分かりやすい挑発をしてきた。
普通なら、そんな挑発に乗る人間は殆どいないだろう。
けれど、悲しいかな。
私はレッスンで、あることを骨の髄にまで叩き込まれてしまっていたのだった。
――悪役たる者、敵は容赦無く叩き潰すべし。
サイラスからレッスンその7でそう教えられていたせいで、どれだけ分かりやすい挑発でも、私は全力で応えなければならない。
ゆえに私は渋々ながらも了承するしかなかった。
そして、放課後の修練場でまたヘリアン王子を負かすことになる。
そうなることは半ば必然だった。
何しろヘリアン王子は前回同様、小細工を弄せず私に向かって斬り込んでくるだけだったのだから。
私はヘリアン王子を再度転ばせて、勝利を宣言する。
すると地面に倒れたヘリアン王子は、「くっ、やはり駄目か……」と呟いたのだった。
――いや、やっぱりなと思ったなら前回と違う手を考えるべきでは?
そう思ったが、どこか楽しそうな表情のヘリアン王子を見て、言葉に詰まってしまう。
私は内心、絶句していた。
えぇ……、負けて喜んでる……。
もしかして、ヘリアン王子にはそういう御趣味があるのだろうか。
無意識のうちに後退る。
私は彼に対して、恐怖を覚えるのだった。
そして次の日も、ヘリアン王子は決闘の申し出をしてくる。
それを私は、二つ返事で了承する。いや、するしかないのである。
そして、次の日もヘリアン王子は決闘の申し出を行なってきた。
その次の日も、その次の次の日も――
毎日、ヘリアン王子は決闘をしたがるのであった。
……もう嫌になってきた。
ヘリアン王子と最初に決闘してから一か月が経っても、ヘリアン王子は飽きずに私に何度も挑んでくる。
その飽くなき執念は、紛れもなく彼の最大の長所であり短所でもあると、そう思うのだった。
そして三か月が経った頃、流石に気疲れしてきたので、私は決闘はせめて週一にして欲しいと提案する。
もちろん、いつも通り頼まれれば断りはしないし、出来ない。だが、このままのペースだと辛いものがある。
何せ、最近はヘリアン王子に感化されたのか他の学生たちも決闘を申し込んでくる者がちらほら現れ始めたからである。
流石に私でも、毎日何人も対応は出来ない。
私の体は一つしか無いのだ。
お願いだから、そのことを十二分に理解してから決闘を申し込んで欲しい。
そう切に願う。
それと、よく分からないことに近頃私が少し良い奴だと思われ始めてきていたようだ。
何度ヘリアン王子から決闘を無理強いされようと、一度として断らなかったため、結果として周囲から面倒見の良い面倒くさい奴という評価が下され始めたからである。
私、悪役なのに……。
そして、決闘を行う度に、私に対して女子生徒が黄色い声を上げるようになっていく。
決闘で男子に圧勝する姿がカッコいいらしい。私を応援し始めるファンも現れ始めてきた。
私、女なのに……。
段々と、ちょっと納得がいかない状況になっていく。
だが、お役目には何ら支障はなく、焦るほど大したことでも無かった。
なので、私は特に気にせずヘリアン王子を決闘で負かし続ける。
「――また足払いか、くそっ! 流石に足癖が悪すぎるぞ、レイン・メアリクスッ!!」
決着がついた後にヘリアン王子が抗議してくるが、そんなこと言われてもどうしようもない。
剣以外の使用も可だというルールにしたのは、紛れもなくヘリアン王子自身である。それに、この足癖の悪さは従者でもあり教育係でもあるサイラス譲りだ。
初めてのレッスン時に私を足払いで転ばせるほどの筋金入りの足癖の悪さを彼は誇っていた。
それにレッスンでサイラスから、戦いでは相手の動きを止めた方が効率良く倒せるのだと教わっていたため、隙があれば無意識のうちに相手の動きを止めようとしてしまうのだった。
つまり、私は悪くない。不可抗力である。
ただそれだけが言いたかった。